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プロフィール

主夫太郎2

Author:主夫太郎2
現在専業主夫です!
漁と猟の両方を楽しんでカミさんに栄養を供給するつもりでいます。以前お料理ブログをやってましたが不評だったので猟関係を交えながら僕の日常をレポートします。

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最近のお料理からキノコお料理などなど~そろそろ北海道~

2018.09.24 09:51|猟と獲物のお料理の話
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元女子高生とお料理好きのハンターさん!

今日は最近のお料理並べました


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そろそろ北海道の猟期が始まります。停電などで大変な思いをしていた北海道に狩りをしにゆくというのも呑気そうで申し訳ないとも思いますが、一方でガイドさんや宿にはお金を落としますし僕が行く場所は旅行をとりやめるほど深刻な事態になってなさそうなので予定どおり10月頭に北海道に飛ぼうと思ってます。その前にしなきゃならないのがカミさん孝行です。まぁ、ちょっと頑張ってお料理作るくらいなんですけどね。まだ去年の鹿も残ってますから、

鹿カツ安定20180924

鹿のロースカツ

なんてのは最近は定番です。美味しいですからね。たべちゃいますよ、つい。先日採ったキタマゴタケですが

キタマゴ刻んで20180923

刻んでみました

でも、生でたべるのも今回は芸がないと思いどうしようかとカミさんに相談したら「お料理するとあの綺麗な黄色がちょっとくすんじゃうよね~」って残念そうに言います。ん~そうなんです。赤いタマゴタケはお料理すると黄色くなっちゃうのですが、確かにキタマゴタケはちょっと色が褪せますねぇ。そこで、キタマゴタケの黄色を褪せさせないために、


タマゴタケ卵焼き20180923

キタマゴタケの卵焼き

にしました!あはははははは。キタマゴタケの色が褪せさせないようにするのは諦めて、卵の黄色を使うというズルい工夫、ってかほぼドーピング。こんなズルさがあれば主夫太郎はきっともっと出世したに違いありません。鹿のカツを揚げたときの卵液の再利用でもあるのでちょっと小麦粉もはいっていてできあがりはお好み焼きっぽい仕上がりでした。そうそう、カツのついでといえば、

軸揚げ20180923

ムラサキヤマドリタケの軸揚げ

はお酒のつまみには楽しかったですね。ムラサキヤマドリタケは沢山とれたので色々料理にしたのですが、一番安易には、

鹿すき焼き20180923

鹿のすき焼き

の端っこで焼いてみました。まぁ、シイタケの代わりにつかったという安易さ。でも自分で採って来たものはどことなく美味しい。

最近は冷凍庫をなるべく空けようと思っているので自家製ベーコンも結構つかいます。赤いタマゴタケをバターソテーして保存していたのですが、それと合わせて、

タマゴタケソテー20180923

タマゴタケと自家製ベーコンのソテー

にしました。これ、ご飯にかけるだけで十分美味しいです。タマゴタケ、こんなに黄色くなっちゃうんですよ。キタマゴたけより黄色くなっちゃう感じ。

ムラサキヤマドリタケは贅沢に使えるので、美菌さんを使ってちょっとだけ古典的なお料理を作りました。


タシギパイ20180923

タシギとムラサキヤマドリタケのパイ

です。ソースはムラサキヤマドリタケの管孔が付いたもの、軸を炒め、タシギの出汁で煮たものをチーズと卵でトロミをつけます。卵はパイに塗った卵液を再利用するので無駄が出なくてよかったですよ。今後はパイつくるときは余った卵液でソースを作ろうと思います。このお料理、やはりタシギの香りが先行するのでムラサキヤマドリタケの香りを楽しむというものではないですが、ちゃんと美味しさをサポートしてましてカミさんお気に入りの一品になりました。

そしてそして、久しぶりの

焼き柿20180923

焼き柿

は実家からもらってきた柿でつくりましたよ。ん~秋ですねぇ。今週は内視鏡検査、入林届提出、北海道の猟の準備などなどがありかなり忙しいと思います。体調を整えてよい猟期がむかえられたらと思っています。


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カミさん2018最後の出陣~猟期外の反省も~

2018.09.21 06:51|カミさんの狩りのはなし
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元女子高生とキノコファンのみなさ~ん!!

カミさんの今年の狩りは今回でおわっちゃいました


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前回の記事はカミさんの突然の出陣とエゾライチョウのお料理のお話でしたが、中一日あけて翌々日、僕の体調も気遣ってくれたのだけども最後になる予感がしたのでキノコ狩りに出かけることにしました。10月に入ると北海道の狩りが始まり帰京後10日ほどで本州の鹿狩りが始まりますから猟期が終わるまでカミさんとのデートもままならないわけで、家族サービスというよりは猟期前の記念にということで思い切りキノコ狩りをしようということになりました。もっとも思い切りキノコ狩りをするのと、沢山採れるのは別の話で朝早く起きて最初のポイントに出かけるも一つ採れただけ。場所を変えても最初は

テングさん20180919

テングタケばかり

なんて状態でした。このテングタケは毒キノコですが、死ぬほどの毒ではないそうです。もっともこの毒の成分イボテン酸はうま味成分だそうで、腹痛、嘔吐、下痢、痙攣のうえ精神錯乱までするという性質の悪い毒です。茶色いうえに白いポツポツもありこれほど有名な毒キノコもないと思うのですが食べちゃう人も多いみたいです。毒が旨味成分ということもあり美味しいからついつい食べちゃうのかもしれませんねぇ。しばらく歩いてゆくと、

カビカビ20180919

カビだらけのムラサキヤマドリタケ達

が沢山いました。ん~前日ならムラヤマ祭りだったに違いないのに、みんなカビが生えちゃってます。ちょっと見えにくいと思うので、次の写真でキノコに丸をつけましょう。

カビカビB20180919

ダメなムラヤマさん

「昨日くればよかったねぇ。」

「でもそれは仕方ないねぇ。神様が決めることだから」

なんて会話をしながらポツポツと収穫を増やし、満足気味であるけれどもちょっと物足りなくもありという状態。だけどある斜面にかかったところに

紫群れ20180919

ムラサキヤマドリの群れ

を発見!最後の日にいい収穫になりそうな予感!!分かり易いようにまたまた丸で囲むと

紫群れB20180919

美菌さんたち

テンションがあがりますよ。ここには6本美菌さんがいましたが、アップにすると

紫美菌B20180919

美菌三兄弟1

紫美菌A20180919

美菌三兄弟2

ってな感じ。気付いてみると一日では食べきれない量が収穫できました。

総収穫20180919

最終日の総収穫

はこんな感じ。もちろん美菌さんは

裏白20180919

裏は綺麗な白い色

でしたよ。それから総収穫の写真にもありましたが、

キタマゴ20180919

キタマゴタケも!

採れました。タマゴタケはまず間違えることはないと思いますが(たまにベニテングタケと間違える人もいるみたいですが)キタマゴタケはちょっと注意しないとタマゴタケモドキ、タマゴテングタケモドキという猛毒キノコと間違えてしまいます。この二つ、食べてしまうと大変で、幼菌一つで致死量の毒を含み、しかも解毒剤がありません。キタマゴタケだけは採れてもカミさんと必ず相談します。鮮やかな黄色なら大抵大丈夫ですし淵に溝があるから大抵大丈夫なんですが、幼菌が難しいですねぇ。この写真は大丈夫、だって僕はこうやって生きてますから、あはははは。

さて、カミさんとも話をして、今年はこれでキノコ狩りはおしまい。10月の猟の準備に移行します。

カゴ干し20180919

カゴを干して道具に感謝

し、もちろん安全にも感謝します。お料理編は次回へ。

~猟期外後記~

今年は猟期外にカミさんに十分なことをしてやれなかったと思う。原因の一つは猟期がのび去年まで2月15日が最終猟日だったのに今年は一ヵ月後の3月15日になったということ。疲れが抜けないとやっぱり体調も戻らないですし、3月末にはアミガサタケ狩りがはじまりますから「猟」が4月いっぱいまで終わりませんでした。猟期が伸びてカミさんが楽しみにしている燻製作りが忙しくなったりアミガサタケ狩りで僕が疲れてお友達を招いてのパーティーも開く余裕が殆どなかったし温泉なども連れてゆけず春の楽しみが殆どなくなっちゃいました。今年はカミさんのお願いで体調を考慮して2月いっぱいで猟をやめて欲しいとのこと。結婚以来カミさんがこんなお願いをするのは初めてだからこれは真剣に聞かないわけにいかないです。2月中旬以降は巻狩りだけなので3月はお休みさせてもらおうかと思ってます。

渓流釣りに行けなかったうえに、台風連発のために喘息を起こし、酷暑が重なり体調を崩したから鮎釣りも十分にいけなかったです。鮎の炭焼きを丁寧にできたのはよかったけどもう少しお魚を食べさせたかったなぁ。海釣りも一回だけだったし。もっとカルシウムを取らせたかったかなと。キノコはあんまりいい年ではなかったけどそれでももう少しできた気がしなくもないなぁ。それと新しいことに挑戦できなかったのは悔しいです。来年はもう少し頑張りたいです。

来年は5年に一度の海外旅行で、GWをまたぎベルギーとフランスに行く予定ですが、オランダ語の教科書などちょいと眺めてます。ヒアリングなどは難しいにしろ筆談や料理のメニューくらいは読めるようにしとかないとねぇ。フランス語は「星のおうじさま」でもよめるようになりたいけどちょっと難しいかな。








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カミさん怒りのキノコ狩り~主夫太郎、ライチョウ茹でる~

2018.09.18 08:59|カミさんの狩りのはなし
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今日はカミさん、怒りのキノコ狩りのお話


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実は1週間以上風邪をひいてました。咳が夜とまらないので寝不足になり体力がおちて行きます。鼓動が激しいので体重があっというまに2キロ以上減りました。とにかく最近の医者は強い薬をくれません。2度目行ったときに「薬がきいてません」って言うと「効いてないってことはないよ、薬のんでるんだから」と。別の医者に行って弱い薬を飲まされて苦しんでると訴えると「あの先生なら間違った処方をするとは思えないです。薬飲んでなかったらもっとひどい熱と咳だろうから、薬は効いてます」とのこと。意を決して元の医者にもどり、「薬が効いてないです。一週間寝てないです。カロナールとコデインリン酸出して下さい。もし出せないなら病気治さなくていいから寝せて下さい」というと、わかりましたわかりましたといい「抗生物質もすごい強いの出しておきます。もう、ほぼ体の中、無菌になっちゃいますよ。3日分は出しすぎってくらい強いですけど、3日分だします。」とのこと。ん?体の中が無菌だと問題あるのか??ってか、今までの薬は菌を殺してないのか???と驚きを隠せないまま家に帰ってきて薬を飲んでみると2日目に9割方よくなりました。3日目、念のためお薬を飲んでゆっくりしようと思った3連休初日、ちょいっとSNSを見たら北海道のお友達がタマゴタケを収穫してました。それを後ろからみていたカミさん。

「え!○○さん、北海道なのにタマゴタケ採ってるの?」

「そうだねぇ、あんまりタマゴタケ採ったって話きかなかったけど」

「.......嫁もキノコ狩りに出陣します!」

「え?もうお昼過ぎてるよ....」

「出陣です!」

とのこと。抗生物質とお昼寝はお預けとなり(車運転するから薬飲めない)、頭の中でほら貝がプオー!プオー!と鳴り響きました。馬、じゃなくて愛車に乗り込みお狩場に到着すると、

立ってるタマゴタケ20180918

家族そろってお待ちしてました!!

って感じで立ってました。午後に出陣すると朝に出た奴は結構色褪せしていて美味しくなさそうなのもあり、そちらは胞子をだしてね!っていいながら置いてきていいところばかりを頂き、1時間ほどであっという間の

タマゴタケ収穫20180918

タマゴタケ大収穫!!

とあいなりましたぞ。ん~、しかし他人の採ったタマゴタケが羨ましくなって怒りの出陣というのは戦国時代だったら国を揺るがしかねない愚策かと思うけども、今回は機を見るに敏、疾きこと風の如く、侵掠すること火の如くというところ。ただ、静かなること林の如くとはならず、お狩場の林ではキャッキャキャッキャと大歓声を上げてました。

出かけてゆくのが遅く、帰宅がもう夜だったのでそんなに手の込んだものは作れません。でも、なんとなくキノコ狩りの予感もしてたので、風邪をひいているのに3日前くらいにエゾライチョウを冷凍庫から出しておきました。エゾライチョウと合わせるのは、

大きな幼菌20180918

幼菌さん💛

です。幼菌というのは中で腐っていることもありますが、状態がよければ虫が全く付いておらず掃除したあと生で食べられます。

幼菌きざみ20180918

幼菌を刻んで

タマゴタケライチョウサラダ20180918

タマゴタケとエゾライチョウのサラダ

ですぞ。塩、オリーブオイル少々、コンテと生胡椒です。今回、僕にとってはかなり冒険のお料理でした。このあと天ぷらを食べる予定だからなるべくなら加熱した油の摂取量を減らしたいと思ったのでエゾライチョウを茹でる決心をしたのです。エゾライチョウを料理したことがある人は分かるのですが、とにもかくにもエゾライチョウは火の通りが早くて、タイミングを逃すとあっという間にパサパサになっちゃいます。お湯をかけてほぼ生で食べる人もいますが、それは流石に避けたい....となると本気の火加減勝負しないといけないけど、一度もやったことがない.....ん~怖いですね~。塩をしたら胸肉をなるべく同じ大きさに切り旨味が逃げないように片栗粉をはたきます。厚みのある上部を最初に投入し、次に胸肉の下部、最後にささ身を投入します。投入するたびに温度が下がり切らないように一番大きなお鍋にたっぷりとお湯をわかしコンロは全開です(片栗粉が膜を作ってくれないと台無しですからねぇ)。胸肉上部は30秒弱、下部は20秒、ささ身は15秒で一斉にお湯から上げて、余熱で20秒ほど。そのあと水でさっと表面の熱をとり内部の熱にまかせました。そんでもって、

ライチョウ茹でる201809180

こんな感じ。

ん~実にたまたまいい感じで仕上がりましたよ。カミさんもこのお料理の出来が気に入った様子で、「天ぷらはこのお料理が食べ終わってから準備すればいいから、一緒に座ってゆっくりたべましょうよ」と言ってくれたので久しぶりに宴会料理の一品目だけども2人でゆっくり元リンゴジュースをのみながら頂きました。

お皿を洗ってちょっと間がのびたけども、天ぷらの用意して、

タマゴタケ天ぷら20180918

タマゴタケの天ぷら

を揚げます。ん~高級天ぷら屋さんでもこんなのは出てこないですぞ!軸の一本揚げもしますが、沢山あったのでカミさんも飽きちゃうだろうから、ちょっと目先をかえて、

軸のかきあげ20180918

シラスと軸のかき揚げ

にして、ちょっと雰囲気を変えたりしました。天ぷらに合うタマゴタケの大きさってのがあってあまり大きいと虫出しするときに水を吸い過ぎちゃうのでからっと揚がってくれないですねぇ。最近は大きいのはタマゴタケご飯専用になってます。



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旧海軍司令部壕~沖縄本島へ~

2018.09.13 09:04|国内旅行
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今日は本島のお話


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台風が近づいて来て離島に取り残されるとカミさんの出勤にも影響がでてくるので、帰りの飛行機までは時間があるのだけど、早々に沖縄本島に戻ってきてそこで台風をやり過ごすことにしました。元々ずっと島で過ごすつもりだったから全然アイデアがないので、ちょっと目についた「旧海軍司令部壕」に行ってみることにしました。

この海軍司令部壕は太平洋戦争中、米軍の沖縄上陸作戦のさなか海軍の陸戦部隊の司令部がおかれた場所で小高い丘の中に地下道を張り巡らせて作られたものでした。ここで大田司令官率いる海軍陸戦隊(根拠地隊)はアメリカ軍とよく戦ったものの、最後は大田司令をはじめとする幕僚が自決をします。この戦い、迫りくるアメリカ軍に万端の準備をして迎え撃ち力尽きて最後を迎えるというものではありませんでした。今は

ビジターセンター20180912

ビジターセンター

などが整備されその地下壕が見学できるようになっています。ここで生まれた悲劇の理由の一つに海軍陸戦部隊(根拠地隊)の大田司令官の勘違いがありました。陸軍の第32軍が撤退するにあたり、海軍の陸戦部隊も同時に撤退命令が出たと大田司令官は思っていたのですが実際は「第32軍の撤退を支援せよ」という命令だったそうです。この勘違いの理由は調べましたが僕にはわかりませんでした。この撤退作戦に関して作戦会議に海軍の司令部が呼ばれなかったことがあるかもしれません。また、沖縄で総力戦をする上で陸軍のみの撤退というのが想像できなかったのかもしれませんし、陸軍の命令があいまいだったのかもしれません。

「撤退」となるとこの根拠地を放棄することになり重火器(大砲など)の破棄が必要になります。「撤退」の勘違いのせいで重火器の破棄はしたけども、実際は撤退ではなかったので重火器が破棄された司令部に海軍の陸戦隊は戻ってこなければなりませんでした。昭和20年、5月28日に海軍はこの司令部に戻って来ますが、6月2日改めて撤退命令が下されます。しかしながら太田司令官はこの命令には従わなかったそうです(故意かそうでないかは不明)。

機銃など20180912

機銃(左)と手製の槍(右)

重火器が破棄されたためでしょうか、手作りの槍などを作っていた模様です。この槍をどういうつもりで作ったかはわかりませんが、それほど役に立つと思って作ったわけではないでしょう。資料館に展示されていましたがさすがに複雑な気持ちになりました。資料館の入り口には

大和模型20180912

戦艦大和の模型

がありますが、海軍陸戦隊がアメリカ軍と戦う以前、昭和20年4月7日に戦艦大和は沖縄に向かう途中沈められています。一時期連合艦隊旗艦であった大和が沈められてなお、沖縄で海軍陸戦部隊が戦わなければならなかったのかと思うとこれもまた複雑な気持ちになりました。僕が書物で読んで知る限りは日本の軍が終戦に向けて実際動き始めたのは昭和19年8月末に井上成美海軍次官が高木惣吉少将に終戦の研究を命じるときが初めてですが、その後、海軍だけみてもレイテ沖で空母4隻を失い、大和と同型艦の武蔵が沈み、特攻が始まり、先に述べたように大和が沈んで海に囲まれた日本の連合艦隊が崩壊しています。また大和が沈んだ後、燃料不足のため残存大型艦を一斉に予備艦(引退扱い)にしてますが、それでも終戦には至りませんでした。戦争というのはいかにやめづらいかが分かりますし、やめないが故にこの海軍陸戦部隊の悲劇がありました。

入り口20180912

壕の入り口を

下り120180912

降りてゆくと

いよいよ20180912

いよいよ司令部壕の入り口

に到達します。この幅の狭さ、丈の低さが当時の日本人サイズだったのでしょうね。一気に雰囲気がかわりました。地下だからと言って涼しいわけでもなく、湿度も高く気持ちよい環境ではありません。


作戦室A20180912

作戦室は

作戦室B20180912

こんなに狭い

です。大砲もない基地でどんな作戦が立てられたのでしょう。6月2日に出された撤退命令を無視、もしくはアメリカ軍に阻まれ不可能と判断していた司令部幕僚達ですが、作戦の立てようがあったのでしょうか。

幕僚室20180912

幕僚室では

幕僚室壁20180912

壁に手りゅう弾のあと

が残っています。太田司令官は拳銃自殺、他の幕僚は手りゅう弾による自殺だったようです。


指令電文A20180912


大田司令官は最期を迎えるにあたり、海軍次官に向けて異例の電文を打っています。異例である点は、沖縄県民の現状を武官が知らせている点(大田司令官と県知事は懇意にしていたようですが)、決別電報であるのにも拘わらず「天皇陛下万歳」などの常套句がない点、またこれは僕が思うことであるけれども、一武官が「戦後」に関して言及していることです。全文を載せてもよいのですが、ここはブログなので箇条書きでかいつまんで


・沖縄県民の実情に関して、権限上は県知事が報告すべき事項であるが県には通信手段がなくなり第32軍はそんな余裕もない。県知事からの依頼はないが現状見過ごせないので知事に変わって通知する。

・県民の青年・壮年は全て招集に応じ、残された老人、幼児は作戦の差支えのない防空壕などに身を寄せ劣悪な環境で乏しい生活に耐え、若い婦人は看護、炊事に従事するものはもちろん、挺身隊、砲弾運びに志願するものもいる。

・敵がくれば老女子は殺され、女は乱暴されるだろうからと、軍営の門に娘を捨てる者もいる。

・看護婦は衛生兵が見捨てた者も面倒を見て、軍の作戦に従い雨の中でも徒歩で移動する。

・県民は始終一貫して節約をし軍に奉公してきたが、草木一本も残らないほどの焦土となろうとしており食料も6月いっぱいまでしかない。

・このように沖縄県民は戦ったので県民に対しては後世特別の御高配を賜りたい。

とのこと。最後のところは、戦争がおわったら沖縄県民を是非優遇して頂きたいと言っていますが、戦争に勝つとは思っていなかったでしょう。この電文、先に書いたように海軍次官に向けて書かれたものでしたが、この時の海軍次官は終戦工作を指示した井上成美ではなく、後任の多田武雄であり、この電文を見てどう思ったでしょうか。この多田武雄ですが、最初穏健派だったものの、軍令部と共に徹底抗戦派になっていったそうです。

「この電文を見ても徹底抗戦派になるのか!」と腹を立てるのは現在では簡単なことでしょうが、そうではなく、次官になるようなエリートまでがこんな判断をするようになる、これが戦争というものだと学ぶのが今となっては正しい戦争の反省だと僕は思いますが、如何でしょうかね。誰が悪い、あの時こうするべきだったいう類のものは戦略・戦術の反省でしかなく、このように、信じられない結果から、戦争というものの狂気をしっかりと捉えることこそ真の戦争に対する反省だと僕は思っています。



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お嬢と鯛~主夫太郎、若い女性と会う~

2018.09.10 09:16|その他のお料理
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元女子高生とお魚ファンのみなさ~ん!!

今日は主夫太郎が若い女性とお茶した話

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僕が仕事をやめてもう6、7年経とうとしている。僕の以前の仕事は随分と殺伐としていたけれども、そのとき18歳の随分と可愛い女の子と出会った。いつも眠そうな顔で僕の仕事場にくる彼女は芯は真面目そうだが斜に構えるようなクセがいくらかあったと思う。僕はそんな態度を半分小馬鹿にして彼女のことを「お嬢」とよび、「一人前になったらレディと呼んでやる!」と随分と厳しく接したと思うが、当時僕の周りにいた「イケメン」というあだ名のあんまりイケメンでない長身の青年と、イケメンだけどイケメンというあだ名がつかなかったそんなに背が高くなかった青年、この2人の仕事ぶりのよさのためかお嬢と僕は特に大きな衝突もなく半年ほどが過ぎ、仕事の仕組み上それ以降職場では顔を会わすことはなくなった。その後在職中では駅のエスカレーターですれ違いざまに「お嬢!」と声を掛けたのが一度あったキリだったと思う。お嬢というあだ名をつけていたからすぐには名前を思い出せなかったのだが、エスカレーターですれ違った日、たまたまツイッターの「フォロワーのフォロワー」にお嬢を見つけてフォローしたのがきっかけでSNSでつながる様になった。確か僕がお嬢と会ったときは経営だか経済だか文系の学生だったと思うが、何の一念発起をしたのか分からないけれども気が付くと国立大学の理系の学生になり、そのまま大学院に進学し、今では名前を聞いたことがない人は日本人ではいないであろう大企業の社員になっている。もちろん彼女が勉学に励み自己研鑽を重ねているあいだ、僕はおうちのお掃除をし、ぼんやりと釣りをし、鉄砲を撃っていたわけで「一人前になったらレディと呼んでやる!」という偉そうなセリフは思い出すだけでも赤面を禁じ得ない。

この全く重ならなそうな僕とお嬢の人生に一点だけ共通点が生まれた。「釣り」だ。お嬢の方は最近始めたらしい。よほど夢中になっているのだろうとはSNSの様子から分かっていたが、ある日、次のようなメッセージが届いた。

「鯛を釣りすぎたのでもらって下さいませんか?」

と。一人暮らしでは夢中になって沢山釣ると全部食べるのはとても大変だ。せっかく釣った鯛を冷凍するのはもったいないし誰かにもらってもらおうと思ったに違いない。チカメキントキの在庫もいい具合で減ってきたので、有難くいただくことにして駅で待ち合わせをして受け取ることにした。鯛を受け取ってサヨウナラというのもなんだから駅の近くの喫茶店でいくらかの近況報告をしあった。僕はすっかりおしゃべりが下手になってしまったのを実感したが、随分とお嬢の方がシャキシャキと喋り面白く話を聞かせてもらった。僕の記憶が正しければ若さとは力強いが過信を伴い、精神の高揚の維持によりその形を保つが一方で脆く、突如として幻影と化すものだ。彼女のもつ「若さ」もきっと例外ではないはずだが6年間の隠居で若さに対する一切の免疫を失った僕には彼女の若さはただただ眩しく、そして凛々しく見えただけだった。


.......ここまで書いてなんだけどねぇ、最初はちょっとシリアスな感じで今回の記事を書き切ろうと思ったのだけど疲れちゃったよ。年とるっていやだねぇ、シリアスが一時間続かない。まぁ、短く言うと「お嬢からお魚もらいました」ってだけだからさ、もともとシリアス路線だけでは書けない題材だよねぇ、あはははは。ということで、ここからはいつもの調子でお料理のお話です。


自慢するほど大きなソイが釣れたそうです!!そんな貴重なものを主夫太郎に分けて下さいました。

ソイのお刺身20180909

お嬢の釣ったソイのお刺身

自慢のお魚だから、我が家の一番のお皿に盛り付けました。ん~美味しい白身の魚だねぇ。きっと彼女もこれくらいなら消費できたろうけど美味しいお魚なので僕に下さったに違いありません。で、鯛というのはこちら

お嬢の鯛20180909

お嬢の釣った鯛

です。これは一人暮らしの女性にはやっかいな大きさです。お魚って大きくても小さくてもそんなに処理する手間って変わらないですよね。ウロコを取らなきゃならないのは大きくても小さくても変わらない。この他にもお魚が釣れたならそりゃ食べきれないだろうと思いました。彼女いわく「お刺身はちょっときついかもしれないです。目とかみて判断してください」とのことだったから、そんじゃなんか工夫しようかという気になりましたぞ。

鯛の出汁20180909

あらはダシにします

さばいてみると、なるほどお刺身には少しグスグスしてる気がしたので、

練練り20180909

フードプロセッサー

に入れました。さらに塩と卵白をいれて攪拌し、小さな器に入れて蒸すと、

かまぼこ20180909

簡単かまぼこ

の出来上がり。まぁ、小麦粉とか入れたりしてもいいのだけども今回は面倒だからねぇ。ちょっとくらい固くったっていいし。これで3匹分だからかまぼこってのは随分と贅沢だとは思う。出汁とかまぼこがあれば、

鯛にゅう麺20180909

鯛にゅう麺・鯛のカマボコ乗せ

なんてわきゃないねぇ。美味しくいただきました。しかし、鯛の出汁ってのは綺麗だねぇ。ほれぼれしちゃうな。他にもお土産いただきましたが、それはまたのお話にします。大変美味しくいただきました。御馳走さまでした。

さて、8年の時を経て可憐な少女から美しい大人の女性に変身した「お嬢」の顔見たくありません?今日は特別公開しましょう(本人未承諾)。権利関係がややこしくなってそのうち消えちゃうかもしれませんから必見。可憐な少女が学問を修め一流企業でバリバリと働くキャリアウーマンに。眩しく、凛々しく、そして何よりもミステリアスな大人の雰囲気をまとい僕の前に現れましたよ.....







お嬢すまん。顔だしちゃいます。











お嬢像20180910

お嬢像
(※写真はイメージです。実際とは異なる場合があります)


あははははは。熊の毛皮の帽子って動物愛護の人達がみたら大激怒だなぁ。まぁ、こんな暑そうな格好してなかったけどね、九月の頭だったし。ってかこのオチ、26歳のお嬢にはわからない気もするなぁ。松本零士は26歳にはきっとキツイねぇ、あははははは。

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