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主夫太郎2

Author:主夫太郎2
現在専業主夫です!
漁と猟の両方を楽しんでカミさんに栄養を供給するつもりでいます。以前お料理ブログをやってましたが不評だったので猟関係を交えながら僕の日常をレポートします。

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安楽椅子でSTAPを~4章・笹井氏に対する不当な責任追及~

2017.09.20 19:02|安楽椅子でSTAPを
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人気のないシリーズ

安楽椅子でSTAPをですよ

目隠しされた笹井氏の本当の責任についての

考察のはじまり


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亡くなってからもなお著者として論文が出版されてゆく文化の学問分野において、騒動発覚後に笹井氏は著者としての責任に加え、小保方氏のアドバイザー、理研CDBの副センター長としての責任までこの騒動の全責任を一身に受け止めてゆくことになる。「あの日」によると、STAP論文の共著者である次世代シーケンサーの解析を専門に行う研究者は

「笹井先生から記者会見での説明のために、さらなる解析の協力を頼まれたが、2人のGD(グループ・ディレクター)に止められた。なぜ共著者が科学的証明のために手伝うのを止められるのか理解できない」(p.150)

と小保方氏に訴えてきたらしい。これが事実だとすると容易に想像できるその他の圧力(当人達からしたら嫌がらせ)のため、2014年4月16日の笹井氏単独の記者会見前には科学的に研究成果をポリッシュ・アップしたり真実を重ねてゆくことは実質できず、過去に起きたこと、過去に書いた論文そのもの、過去に見たことや議論したことを元に全てを語ることしかできなくなっていたことになる。「捏造の科学者」の著者須田桃子氏は、記者会見前日に笹井氏にメールをすると

明日もできるだけ率直にお答えしたいと思いますが、理研の立場の範囲ではあろうかと思います(p.183)。

と返信をもらったそうだ。須田氏はこの一文が気になったらしく、

個人的には、笹井先生には、理研のお立場より、科学者としてのご自分を何より優先させて答えて頂きたいと思っています。

と返信したらしい。しかしこんなことを言われても、「あの日」の記述が正しいとすれば科学者の武器はすでにまるっきり奪われてしまっていたようで、実際「事務屋」として過去を材料に話をするしかなかったであろうと思う。それが笹井氏の「理研の立場の範囲」という言葉の真意だったかもしれない。この4月16日の会見で、笹井氏は自分の役割をしっかりと述べたがマスコミも科学者の集団も全くその点を受け入れてくれなかったと今振り返って思う。今回は笹井氏の主張、状況を踏まえ、世間や科学者の集団がどのように彼を扱ったか、そしてそれが正しかったかを見てゆこうと思う。まずはもちろん「最初から」だ。

~笹井氏がSTAPに関わる経緯~
「あの日」によると、笹井氏と小保方氏が初めて顔を合わすのは2012年12月21日、小保方氏の理研CDBの採用面接当日であったとのことだ。小保方氏はこのときまで笹井氏のことは知らなかったようで、「あの日」でも「正直、面接を受けた日まで全然知らない先生だった」(p.112)」と、世界的に著名な研究者であるというマスコミの宣伝からすると肩透かしな記述をしている。また、これを否定する記述はネットでも発見できなかったので、初対面がこの日としてよいだろうと思う。

一方で笹井氏の方が小保方氏のことをそれ以前に知らなかったかというと、その辺りは定かではないが、「研究不正再発防止の提言書」(2014年6月12日提出)によると、2012年11月14日のGD会議後の非公開なうち合わせで小保方氏を採用する方針が決まったというような事情なので、少なくとも11月14日には笹井氏は小保方氏のことを聞いていたはずだ。また同提言書によると、「竹市センター長はSTAP研究の成果を記した論文がNature誌に採択されるよう、論文の作成指導を笹井氏に依頼した」(提言書p.7)とのことだが、いくら何でも採用試験当日に初めて会った若い研究者を、「じゃぁ、笹井君よろしく」の一言で押し付けられるとも思えないので事前に研究内容はこの件に詳しいであろう西川副センター長が非公式な形(例えば雑談で)で伝えている可能性もあるし、論文のプレプリントも手にしていても不思議ではない。採用決定5日後の12月26日には「STAP」という造語を笹井氏が小保方氏へ提言しているが(「STAP」は小保方氏ではなく笹井氏の命名だ)、このエピソードは笹井氏が既に小保方・若山両氏の論文の全容を把握していたという証拠であり5日で論文の全容を把握したか、それより前から知っていたかと言われれば答えは明らかだろうと思う(c.f. あの日 p.113)。記者会見では12月21日に初めてSTAPの原理を知ったことになっているが、このあたりは「理研の立場の範囲」で話していると解釈するべきだと思う。もちろん責められるようなことではない。

2年以上続いた研究期間のうち最長で4か月ほどしか関わっていないとは思うが、一方で「論文作成」の貢献はかなり大きいはずだ。というのも「あの日」によると論文の改訂作業は実際は改訂と呼べるような生易しいものではなかったようである。最初に小保方・若山両氏の書いた論文を読んで「火星人の論文かと思った」という感想を持ったそうで(「捏造の科学者」、p.114)、そうなると実質的に書き直しと言ってよかったはずだ。これに加え、投稿直前のライブセルイメージング(動画撮影)や試験管内の評価に関する実験指導も行っており、一つ前の記事でも書いたように亡くなられて2年経ってからも著者として名前を連ねることができるような研究分野であるから、もちろんこういう状況なら著者として名前を連ねても不自然な気はしない。投稿された2本の論文、ArticleとLetterのうち、Articleでは単なる共著者に、Letterでは責任著者として名前を連ねているが、Articleに名前を連ねた理由はヴァカンティ氏からの強い要請であった。Letterの方は投稿時は責任著者ではなく単なる共著者であったが、投稿後に論文を改訂する段階で若山氏からの強い依頼で責任著者に加わっている。責任著者に加わった理由も会見で述べられており「若山さんの専門外である細胞生物学の解析を査読者から要求され、その追加と議論のために必要となった」と述べており、まぁ、平たく言うと「若山氏では手に負えない」とのことだから無理やり著者としてねじ込んでもらったわけでは無いだろう。2年間に渡る論文作成・実験において「論文作成」に多大な貢献はあっても「科学的貢献(特に着想・実験)」が絶大だったとは思えない。どうみても「科学的責任・特に実験およびそのデータ整理に責任を負う立場」にあるようには見えないが、マスコミもそして科学者・理研も笹井氏の責任追及の手を緩めることはなかった。

~笹井氏の責任追及の内訳(提言書によるもの)~
テレビやなんやらで芸能人などが勝手な感想を言うのはともかく、公文書的なものでも笹井氏は批判されてゆく。「研究不正再発防止のための改革委員会」による「研究不正再発防止のための提言書」はかなり厳しいものである。笹井氏が表だって批判されているところで僕が疑問に思うところを抜き出してみよう(僕からみて正当な批判もある)。

1.笹井GDは秘密保持を優先し、その結果、外部からの批判や評価が遮断された閉鎖的状況を作り出した(p.7)

2.論文作成の過程で、笹井氏は小保方氏の過去のデータを批判的に再検討・再検証することなく信用し、結果として多くの誤りを見逃した(p.7)

3.笹井GDは、丹羽PLや若山氏をはじめとする共著者との連絡を十分に行わず、共著者によるデータ検証の機会を減じる結果を招くことになった(p.7, 8)

4.もともと論文の共著者は相互にデータ検証の責任を負っているが、特にこのような立場にあった笹井GDは、研究成果の信頼性、正確性の確保のため、生データに遡って検証を行うことが強く求められる立場だった、というべきである(p.8)。

5.Nature誌などトップジャーナルへの掲載回数も多い笹井氏であれば、当然に疑問を抱くレベルの問題が、STAP研究には発生していたといえる(p.8)

6.笹井GDはCDBの「予算要求」を担当している。STAP研究は、そのインパクトの大きさから、新しいプロジェクト予算、それも巨額な予算の獲得につながる研究と期待された可能性があり、(中略)こうした種々の事情を背景に、データの再検討・再検証が行われることなく拙速に論文が作成され、研究不正が見逃される結果を招来したともいえる。(p.8, 9)

7.笹井氏は、「STAP現象はリアルフェノメノンである」「STAP現象は有力仮説である」との発言を繰り返し、一般国民、とくに再生医療への応用を期待したパーキンソン病などの難病患者に大きな期待を生ぜしめた。(p.9)

「研究不正再発防止のための改革委員会」は理研に対して提言をする委員会だから理研以外の人間にその責任を求めるわけにはゆかないし、小保方氏本人だけに責任を押し付ければ改革にならないという事情があるもののそれにしても容赦のない分析だ。どれを取っても簡単に反論できると思う。以下、僕なりの反論だが、笹井氏がそのチャンスさえあればもっと鋭い反論もできたであろうに、その機会がいったい非公式な場であってもあったのかは「捏造の科学者」にも「あの日」にも載っていなかった。さて、僕なりの反論だが、

1.論文発表前に箝口令が敷かれたものの、論文掲載が決まったあとであるので、外部の評価や批判を受ける段階にはないので指摘は当たらないと思う。そもそも笹井氏が関わる前からNatureに投稿されハーバードのヴァカンティ氏、小島氏、理研の若山氏などを巻き込み2年以上も研究が続けられてきているのに、最後の2か月に関わった笹井氏が機密保持をしたところでたかがしれていたはずだ。この論文に関わった人間は若山研のメンバーを含めればかなりの数にのぼる。

2.だが、そもそも「論文作成指導」が最初の依頼であったし、著者になるつもりがなかった笹井氏がこんな責任を負う必要はなかったであろうと思われる。「STAP現象、細胞、幹細胞というものが実在し、その裏付けとしてデータがあり、出来が悪いがたたき台となる論文があり、未熟な小保方氏ではあるが若山氏が長期間サポートしていた」という状態からのスタートだった。笹井氏からすればたとえ話になるが、「プラモデルの組み立ては請け負ったが、パーツは小保方・若山が作っている」という認識であったはずだ。ただ、そういう態度であれば著者になるべきではなかったというのは確かであり、科学者としての責任があるとすればこの点にあると僕は思う。ただ前の記事での検証もあるように、この流れだと著者になることを断る文化ではこの分野ではなかったのかもしれないとも思う。

3.に関していえば、「あの日」によると草稿を各著者に送り、称賛をうけている(p.115)。これが真実ならばむしろ他の著者が笹井氏に丸投げだったわけで責められるのはどちらかというと他の著者の方だ。あの日によると著者同士の軋轢も発生しておりオーサーシップの調整なども笹井氏が引き受けていたようだから(「あの日」p.121)この批判が的を得ているとは思えない。

4.は2.と同じ問題である。「特に笹井氏」と書いているが2年以上共同研究を遂行していた若山氏にどうして「特に」責任がなかったのかさっぱりわからない。論文作成前の準備段階はすべて終わっている段階から参加したという笹井氏の主張を却下する理由もないと思われる。

5.Natureとやらがトップジャーナルなら、そのレフェリーだって容易に気付いて当然だが論文が採用されている。気付かないのは悪というのはいくら何でも無理だろう。信じ切っていれば無理な話だし、自分の仕事の領分を守ったと言えるのではないか。

6.予算は一度着いたら終わりではない。むしろ獲得した予算の根拠が杜撰な論文であれば予算は取り消され、今後の予算申請にも障害が出てくることくらいは笹井氏はわかっていたはずだ。予算が欲しいとは言っても、「永続的に予算が欲しい」というのが正確なところだろうから、学振の申請に間に合わせるなんていう些末な動機ならともかく巨額な予算を引っ張ってくる笹井氏が組織で責任を取らなければならない事態に陥るような博打をうつのだろうか....

7.笹井氏が科学者として信じたものに対して自由に発言する権利はある。もちろんそれが間違っていれば一科学者としての責任をとればよく不正とはまったく関係のない話だ。パーキンソン病の患者の期待を裏切ったというが大した根拠も示されていない。もしこれで「ぬか喜びさせられた!」という人が本気でいれば、むしろ先行しているiPSの研究の実用化の遅さの方にかなり失望しているはずだ。弱者の心理を勝手に想像し、それを攻撃の武器にしているように思える。


さて、長くなったから今回はここまでにするが、提言書というものがずいぶんとページを割いて笹井氏を責め立てている理不尽さが、当時は批判の熱量が膨大すぎて見えなくなっていたと思う。

それでは、この騒動に対して笹井氏がなんの責任もなかったかというとそうではないと思う。捏造やら不正、科学的データの信頼性の保持には全く責任がなかっただろうというのが僕の結論だが、では何に責任を持つべきであったか....それはまたまた次回。



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安楽椅子でSTAPを~3章・笹井氏に対する違和感~

2017.09.08 19:46|安楽椅子でSTAPを
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矢面に立った笹井氏についてのお話

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安楽椅子でSTAPをというシリーズの一番最初(ポチリで飛びます→安楽椅子でSTAPを~0章 事件のあらましと主夫太郎の違和感~)に主要3著者に感じた僕の違和感をのべたのだが、今回は笹井芳樹氏に対する違和感いついて考察する。


笹井氏の

「論文執筆の最後に短期間関わっただけ」

というのは「お手軽に一本!論文実績を増やしちゃいました」と同等の発言なのではないかと正直驚いたのを今でも鮮明に覚えているのだが、これが正直、笹井氏の口から出たのを生で聞いたのか、それともニュースでアナウンサーが言ったことを聞いたのかだんだん自信がなくなってきてしまった(0章では笹井氏の発言だと書いているのだが)。少なくても僕が記者会見全てを見ていたとは思えないので、正確なものを拾うために調べてみる必要がある。今の時代は便利なもので、この時の記者会見がYoutubeに投稿されている。僕が気になった件は、この動画の10:50、12:40あたりの発言だと思う。



この記者会見によると(13:16あたり)、2本あるSTAP論文(Article と Letter)のうち、小保方氏主導であるArticleではヴァカンティ氏からの「強い要請」により著者に加わり、また、若山氏主導のLetterの方は若山氏からの依頼で責任著者になったとのことだ。このうち、Letterの方は最初責任著者ではなかったが、Letter論文の改定(revise)の時に若山氏の専門外のことについて(多分レフェリーや編集者と責任をもって)議論などする必要があり責任著者として加わったらしい。「論文執筆の最後に短期間関わっただけ」とここだけ切り取るとなんだか責任回避をしているような印象だが、少なくてもLetterの方では若山氏の専門外(細胞生物学)での貢献があると笹井氏は会見で認めている。当時この会見を聞いていれば少なくともLetterに関しては違和感というのは感じなかったろうから、おそらくニュースで上記の発言(のようなもの)が切り取られるなりしたのではないかと思う。

Articleの方は「強い要請」があったから著者に加わったということで、「強い要請」程度で科学的貢献がなくても著者に加わるべきかどうかというのはもしかしたら議論の分かれるところかもしれない。記者会見で笹井氏が言っているように、内容の割に文章がひどかったようで(9:40あたりから)、それを書き直すのはなかなかの苦労であろうし科学的議論がこの過程で起こりその解決に貢献したのかもしれないが、そのあたりはあまり明らかになっていない。

ということで、ここは原点に回帰し、笹井氏の心の動きを探るため彼の論文を洗ってみることにした。例えば年間50本も論文を出版していれば毎週一本づつ論文を書いていることになり、もし一人で主な仕事をこなしているとすると過労死は間違いないだろう。論文の本数がわかれば論文に対する平均的な貢献度が算出できるかもしれない。そうなると論文の著者に加わるというのがどれほど軽いことなのか、逆に重いことなのか明らかになると思ったのである。ところが、分かったことはもう少し驚きのことだった。

今は便利なものでインターネット上で色々なことが分かる。興味があれば以下のサイトにアクセスしてみてほしい。


ここには笹井氏が著者として名前を連ねる論文が列挙されているようだ。もっとも僕は学問には明るくないので、このサイトが笹井氏のすべての論文を網羅しているかまでは分からない。Google scholarというのもあるらしく完全かどうかは知らないがそちらにもデータベースと呼べるような規模で論文のタイトルなどが保存されているようだ。上記サイトもGoogle scholarも検索結果は似たようなものになっていると思う。

笹井氏が亡くなったのが2014年8月5日であるが、上記のサイトに載っている最新の論文は2017年(つまり今年)のものである。亡くなってから3年近くも経っていながらまだ笹井氏は論文を出版し続けていることになる。アクセプトから出版まで一年と見積もって2015年の論文を除いて考えてみても、2016年および2017年で合計12本だ。もちろん笹井氏以外の著者達にはそれ相応の言い分があるだろうとは思う。例えば「笹井先生に頂いたアドバイスが研究の核心になっている」とか、「論文は笹井先生の存命中に既に出来上がっていたが投稿という作業が遅れただけだ」と学者先生に言われれば僕ら一般人は黙らざるを得ない。だが2015年に出版された論文でさえ笹井氏の死後に投稿されたものもあり、少なくても投稿の段階で笹井氏はこの世におらず論文の修正(revise)や追実験の作業にも加わることは不可能だ。正直12本の中にはDedicate(捧げる)されたりするものや、acknowledgement(謝辞)に笹井氏の名前が出てくるだけでも良さそうなものもあるのではないかと推測したくなるし、こうなるともう偉い人は論文の自動生成の仕組みが出来ているのではないかという気がしなくもない。

だが、一般人の僕がこの論文作成の仕組みに異を唱えることはできないし批判を伴う推測もしてはいけないと思う。こういう仕組みで学者の世界は動いていてちょっと調べたら出てくる上記のような事実は、学者どうしが皆了承してやっていることなのだと認識しなければなるまい。つまりこれがこの学問における文化ということだ。この文化を認めるとすると、笹井氏の言動から導き出せる結論は、

亡くなっていても出版される論文があるくらいだから「論文執筆の最後に短期間関わっただけ」(2か月半)というのは責任を回避するために発した言葉ではなく、むしろ十分に論文に関わったという申告であり、責任を取るべき立場にあると笹井氏は認識していた

ということだと思う。笹井氏が最後に関わっただけであると記者会見で述べたことをまるで責任逃れであるように受け取られた可能性が大きく、当時の僕は更に「乗っかり著者だ」という印象を受けたが、この事実を考慮しながら記者会見を丁寧に見てみると正確な役割分担を説明しているだけで論文に関する責任を放棄するような発言は一度もしていない。

記者会見は3時間超にもおよび質問をすべて笹井氏が受け止めており、著者になる経緯を考慮すればこれだけでも十分な責任を果たしているように見える。もし「著者になるということ」がどういう事なのか聞いている我々がちゃんと理解していれば(もちろんこの学問の分野を修めていない一般人には無理であるが)、このSTAP細胞事件の骨格がこれほどぜい肉に埋まって見えなくなることがあったのだろうかと一般人の僕としては残念でならない。


僕が感じた違和感は僕の常識でこの分野の「著者」という身分を理解しようとした無理から来た

という結論になった。

さて、すると新な疑問が出てくる。どうして笹井氏は一人で責任を背負うことになったのか?小保方氏の回復を待って、若山氏と同席の上、記者会見を開けなかったのだろうか。この考察なくSTAP事件を語るべきではないだろうと僕は思うがそれはまた別の話で。







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安楽椅子でSTAPを~2章・ハーバード留学前の小保方氏~

2017.09.01 09:26|安楽椅子でSTAPを
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まぁ、いい感じで読者が減ったところで

STAPの続き


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小保方氏は研究者として成熟した人ではなかったのではないかというのが前回の記事の結論、仮説だったが今回はその証左となる「背景」をもう少し探ってみようと思う。あの日を読むと色々な違和感が生まれるが、今回は二つのことに関して謎を提言し、少々の仮定を設けた上で推理をしてみようと思う。最後に小保方氏が置かれた幸運かつ不運であった状況を僕なりに考察してみたいと思う。


[1] 処女論文の謎

「あの日」によると、小保方氏は早稲田大学理工学部応用科学科に入学し、4年生の時の指導教員は後々共著者としても名を連ねる常田氏。ここで卒業論文を書くが、修士では研究テーマを変えたい、具体的には「再生医療の研究をしたい」と常田氏に伝えると、それならばと東京女子医大の大和氏を紹介され修士課程をスタートする。早稲田大学の大学院に籍を置いたままであるが、これは東京女子医大と早稲田大学が共同で大学院をつくるという話が進行していたからという事情があるようだ。ここで新な研究テーマをもらい、大和氏が「不可能だ」と言っていた実験系を、8か月休むことなく夢中で実験して完成したとのことである。このときの研究を論文にまとめ処女論文、

Subcutaneous transplantation of autologous oral mucosal epitherial cell sheets fabricated temperature-responsive culture dishes, Obokata H, Yamato M, Yong J, Nishida K, Tsuneda S, Okano T., J Biomed Mater Res A, 2008 sep 15, 86(4) 1088-96

を完成させ投稿し、そして出版する。流石に内容を精査する能力は僕にはないしそもそも一般人の僕にはネット上で無料では全文読めない。だが、やっぱり気になってこちら→小保方さんの最初の論文にアクセスしてみるとPublication History(出版までの履歴)というのがありちょっと覗いてみた。すると、Manuscript Received 2 May 2007とあり2007年5月2日に投稿論文を出版社(具体的には編集者)が受け取ったことが分かる。そして、Manuscript Accepted 10 May 2007 とあり、この論文が2007年5月10日にアクセプト(掲載決定)されたとのことだ。以下はこの記述が正しいとして論じる。

僕もへっぽこだが理系の大学を何とか卒業しているのでかなりの違和感、というよりはっきりした謎を感じる。投稿してからアクセプトまでたったの8日だ。もしかしたら、この雑誌がこういうスタイルなのかと思って同じ雑誌の他の記事のPublication historyをいくつか見てみたが、アクセプトまでの期間がここまで短いものは見つからなかった(もちろん全てみたわけではないが)。そもそも論文というのは一般に以下のプロセスで掲載が決定される。

1.投稿され、編集者(Editor)に届く(現代ではほとんどonlineで投稿)。

2.編集者が論文を一読し、査読者(レフェリー)を選び論文を転送する。

3.レフェリーが論文を精読し、問題点などがあれば指摘してレフェリーレポートを作成し編集者に返送する。

4.編集者がレフェリーレポートを読み、掲載の可否を決め投稿者に返事を書く(レフェリーレポートが添付されることが一般)。

5.編集者からの返事を投稿者は見て、修正する必要などを指摘されれば論文を修正し再投稿する。これをReviseするといい、修正したことをRevisedという。修正した場合は正誤表などを添付するのがマナーである。

6.再投稿された論文に対して必要ならばもう3、4、5を繰り返しレフェリーと編集者が満足すれば掲載決定(アクセプト)になる。


これだけ見ると、すべてのプロセスを一日でこなせば6日そこそこでアクセプトがでそうだが、編集者も査読者もボランティアみたいなもので学者としての仕事があり、まぁ、各プロセスが一日で済むことはまずない。さらに、この論文に関してはreviseしたという記録もない。つまり投稿され、査読者からは100点満点の点数を付けられ、すぐ掲載決定となったわけだ。これもこの雑誌に限らず大抵無い話だ。「投稿論文が完璧ならいいじゃないか!」と思うかもしれないが、査読者の気持ちになればわかると思う。査読を頼まれれば、何かしら一つくらいは指摘をしないと仕事をした気にならないというのが人情というもので、どうでもいい事でも一言くらいは指摘するよう努力するものだ。税務署が入れば非常につまらないものでも「お土産」を持ってかえるのと同じだと思う。実際、僕が見た他の論文は必ずこのreviseをしており、投稿からアクセプトまで半年近くかかっているものも多く、reviseしてから一か月かかってようやく掲載決定が決まるものもいくつかあった。とするとこの投稿から掲載決定まで8日間というのは何かしらの意図および政治的活動があったと考えても不自然ではないのではないかと思う。これが悪いことかというと、倫理的にはともかく、悪ではない。もちろん論文の内容を疑う理由にもならない。ただ、「なぜこれほどまでに慌ててアクセプトを出す必要があるのだろうか?」というのは自然に出てくる疑問だ。小保方氏はこのとき修士1年生が終わったばかりでまだまだ研究者として歩き始めたばかりだから本来なら慌てる必要は一切ない。となると、この5月10日、もしくは5月10日近辺に何とかアクセプトが欲しい秘密があるのではないかという推理をせざるを得ない。

5月10日近辺にアクセプトを間に合わせて何か良いことがあるとすると、これ以降に彼女に良いことが起こっている可能性があり、そこを考察するのが自然だろうと思った。これ以降直近の良いことというと、あの日の17ページに

「私は幸運にも学術振興会のDC1に選ばれていて」

とあった。本来だったらこの文章だけからでは僕には何のことか全くわからないのだが、「幸運にも」小保方氏がこの学術振興会なるものを解説してくれていた。

日本には学術振興会特別研究員制度というシステムがあり通称「学振」と呼ばれている。
博士課程で行いたい研究計画書を全国から公募し、選ばれると若干の研究費と、毎月日々の生活費として使用できる研究奨励金が支給されるため、(中略) 研究者を目指す学生たちにとって「学振」に選ばれることは、一種の登竜門のような響きをもっている。


とのことだ。要するに研究費付き奨学金ということだろう。さらに詳しくDC1についても解説してくれている。

応募資格は修士2年時で、選ばれるとDC1と呼ばれ、博士課程1年時から学術振興会の恩恵にあずかることができる。博士課程1年時、2年時でも応募は可能で、その時に選ばれるとDC2と呼ばれる。

らしい。ということは小保方氏は修士2年時でこの学振に応募していることになる。そこで僕が気になったのはこの学振の応募の締め切りだった。

まずは学術振興会のHPに行くと平成30年度分募集要項(←ポチリで飛びます)というのがあり、これが全部で8ページほどあるのだが、3ページ目に「本会の申請受付期間」という項目がある。申請者と申請機関とに項目が分けられているが、申請者とはつまり小保方氏のような学生で、申請機関というのが早稲田大学のような申請者の所属先機関である。申請者の守るべき締め切りは申請機関が決定する。たとえば小保方氏が守るべき締め切りは早稲田大学が決める、という具合だ。申請機関の締め切りは平成30年度分は、平成29年6月1日17時00分とのこと。案外早い。申請機関はこの締め切り前までに応募する学生のリストなどを作る必要があるようで、「申請機関の決める申請者への締め切り」は上記6月1日よりさらに早いようだ。

大学が所属学生に指示する学振応募の締め切りを具体的に探してみると、東京工業大学のものが見つかって(ポチリで飛びます→東京工業大学の締め切り平成29年5月8日(月)だそうだ。つまり、大学などの申請機関が守るべき締め切りの一か月前くらいに学生の申請は締め切りを迎える。もちろん各大学によってこの期間は様々であろうが、決して間違いがあってはいけない書類だから、チェックには十分な時間をとり、どこの大学もこんな感じなのだろうと思う(流石に東京女子医大の当時の締め切りまで調べる気にはならなかったのは勘弁してほしい)。となると、小保方氏の処女論文が8日でアクセプトになった理由は、

学振の応募(大学内締め切り)に間に合わせるため

ではなかったろうか。小保方氏の学振の説明のところで「博士課程で行いたい研究計画書を全国から公募し」とあるのが実は引っ掛かっていた(嘘ではないが)。計画書だけで、来年からお金がもらえるかどうか決まるというのも不思議な話だし、審査はものすごく難航するだろう。そう思って学振の申請書類をダウンロードしてみると、やっぱり「研究業績」という欄があった。ご丁寧に、

(1) 学術雑誌等に発表した論文
(2) 学術雑誌又は商業誌における解説、総説
(3) 国際会議における発表
(4) 国内学会・シンポジウム等における発表
(5) 特許等
(6) その他(受賞歴)

と6つの項目に分けられており、(1)のただし書きには、「査読の有無を区分して記載してください。査読のある場合、印刷済及び採録決定済のものに限ります。」とある。つまり良い論文を書いていても「投稿中」は評価されないどころか表記すらできない。投稿中と掲載決定は天と地の差があるのだ。5月10日に出たアクセプトにより(1)が充たされたが、実は小保方氏は申請する年の4月、つまり締め切りの一か月前に(3)、国際会議に出て口頭発表している。(3)のただし書きには「口頭・ポスターの別、査読の有無を区分して記載してください」、「発表者に○印を付してください」とあり、ポスター発表より評価の高い口頭発表を自ら行っている小保方氏は(3)はほぼ満点と言ってもいいだろう。(4)の国内における発表はあの日には記述がなかったが、おそらく国際会議での発表がそれを上回る実績になっているはずである。残りの(2)、(5)、(6)はとても修士2年生の5月までに実績が上がるものとは思えないから、小保方氏の研究業績は応募者の中でも100点満点に近いものになったに違いない。ここまでくると、「幸運にもDC1に選ばれていて」といいう小保方氏の言葉は少々しらけてくる。当然そうなるように周りが世話を焼いたのに違いないと、そう思えてくるがどうだろうか?

[2] 国際シンポジウムの口頭発表の謎

もちろん、こうなると国際会議で4月に本人が口頭発表できたということに関して「幸運」で済ますわけにもいかない。彼女が発表した国際会議は、Society of Biomaterials(←ポチリで学会のHPへ)の年次総会というもので2007年にはシカゴで開かれている。

2007年当時の記録は色々調べれば出てくるのだろうが、少なくても上記HPでは僕の能力では多くのことを探せなかった。この国際会議である年次総会はどうやら毎年場所を変えて行われているようで、2017年はアメリカのMinneapolisで4月の5日から8日まで開かれている。小保方氏も4月にこの会議で発表したと言っているからもしかしたら4月開催は恒例なのかもしれない。この国際会議のプログラムを見ると、発表者のほとんどがPhD、つまり博士号取得者である。この国際会議がこのような規模と権威で当時も行われていたら、修士2年なりたての研究者が口頭発表するというのは素晴らしいことだ。

ただ、ちょっと気になるのが、この関連ページで、Call for abstractsというのがある。これは2017年に開催される国際会議の発表者のabstract(研究概要)の投稿を促しているページで、その締め切りが2016年の11月7日となっているのだ。

小保方氏はあの日で実験系が完成されるまでに8か月以上かかったという。小保方氏が大和氏に会ったのは早稲田の卒業論文発表会の日だそうで、翌日から東京女子医大に通うことになったらしい。早稲田の卒業論文の発表会はネットで調べてみるともちろん年度によりばらつきがあるが1月の23日とか24日とかだ。テクニカルスタッフに細胞培養などを教えてもらったなどの記述があり、大和氏から研究テーマをもらいそれを理解し、小保方氏独自の主張もあったのできっとディスカッションもしているだろうと思う。それに一月ほど時間を費やしたと仮定すると小保方氏の実験の開始は2月末で完成は早くとも10月の末となる。「あの日」によるとその間実験三昧だったようだ。この国際会議が同じ手順によって運営されていると仮定すると研究概要の締め切りに果たして間に合うだろうか?そもそも、ちゃんとした結果がこの時点で出ていたのだろうか?あの日の記述によると、小保方氏がこの研究の論文を書きだしたのは国際会議の発表の後、「桜の咲くころ」だそうで、余裕をもってこの国際会議の口頭発表に臨める状態ではなかったと思う。

もちろん部分的な結果が出ていたとしても、当然本人がこのような大きな国際会議に自ら応募することはない、というより修士1年生がこの国際会議の存在を知っているかどうかだって怪しいだろうと思われるので、これは指導教員等の後押しがあったと考えるべきだろう。しかも彼女は英語で論文を書いたこともないし、口頭発表が決まってから英会話教室に通うくらいだから決して英語が得意というわけではなかったようだ。もし概要の締め切りが守れたとしても、とても筆頭著者の小保方氏本人が書いたとは思えない。何かしらの彼女以外の「大きな力」がこの業績には働いたと考えても不自然ではないと思う。この国際会議のオーガナイザーは調べる術がないので何とも言えないが、そういうツテが関係者にあったのかもしれない(Invited speakerになっていたとしたらそれはまたすごいツテだ)。もちろん共著論文だから口頭発表のお膳立てを小保方氏以外の人がやっても問題はないのだが、やはりこの国際会議の発表も学振の締め切りを意識し周囲がかなりのお膳立てをした結果ではないだろうか?


[3] 考察:不運と幸運の背中合わせ

今回の仮説を短く言うと「学振の申請に間に合わせるように周囲が頑張りすぎたのではないか?」ということだ。論文のアクセプトが8日で来るように政治的に動いたとしても、大きい学会に口頭発表者としてねじ込んだとしても、他の学生からしたら不公平に感じることだろうが決して悪いことではない。僕は仮説に対して、もし本当なら酷い!と言いたいわけではなく、この仮説が正しければ、それは小保方氏の成長に関して悪い方向に転がったのではないかということだ。おそらくだが、こんな政治的活動は学問の世界で多かれ少なかれやられているに違いない。身の丈以上の身分や実績、肩書がつくのは決して悪いことではなく、それらが成長を手助けすることさえある。だが、revise無しの掲載決定はレフェリーレポートを読むチャンスを彼女から奪っているし、Editorとの手紙のやり取りだってもちろん勉強の一つになるがそのチャンスも奪われた。「論文なんてしばらくは周りの人が面倒みてくれるだろう」などという誤解をしたとしたら、それこそ良い影響であるはずがない。全ての結果がちゃんと出そろい論文を書き上げる前に学会等の発表に応募することはベテランの研究者なら本人の責任でやることはもちろん多々あることだが、それを修士1年から2年の最初にやらせたとしたら、研究業績の一行としてはかなりの貢献になったとしても小保方氏のためになることであったろうか?

小保方氏は学振のDC1に採用されたことを「幸運」と書いているが、くじが当たったような幸運と捉えていたとしたらそれはかなり不幸なことだったと思う。学振の応募書類を多くの人のおかげで充実させDC1に選ばれたわけだが、彼女にとっては幸運と背中合わせになった不運を一緒に担ぎ始めたようなものだったと思う。

「あの日」を読むと小保方氏は研究にものすごい情熱的で実験が大好きだったようだが、それは学者の仕事の一部でしかない。学者は研究する人ではなく、研究成果を出すべき人のことだ。研究成果とは新発見という行為ではなく、新発見の発表であり、つまり論文のことだから研究者というのは大雑把にいうと文筆業なわけだ。小説家は絵空事でも売れる物を書くことが使命になる一方、学者が書くものは売れる必要はないが新事実である必要があり、実験などの研究行為はその裏付けになるに過ぎない。僕も理系の人間だったからわかるのだが、こんな簡単な事実は案外早いうちから認識できないものだ。一生懸命実験をしていたら考えられる全てのものを手に入れた彼女は「このままでいい」と思い、不幸にもそれを修正する機会が極端に少なかったのだと思う。もしそうならば、僕が彼女に感じていた違和感である「幼稚さ、未熟さ」の相応の理由になるし、疑惑が最大になった時点で「STAP細胞はありますか?」という記者の質問に「STAP細胞はあります!」というノー天気な答えも納得できる。あのとき「論文が取り下げられた今、STAP細胞があるということは私の口からは申し上げられませんが、再現実験に真摯に取り組み私が見たものが一体何だったかを、またご報告できればと思っています。」と言えるところまで彼女が成長していれば色々と状況が変わったのかもしれないと思えるのは僕だけだろうか。


今後の「安楽椅子でSTAPを」は一旦小保方氏から離れて周囲に目を向けてみようと思う。




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安楽椅子でSTAPを~1章・小保方氏に対する違和感の正体~

2017.08.23 11:54|安楽椅子でSTAPを
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安楽椅子でSTAPを

の続きですが、いや~実に評判が悪いですねぇ。

アクセス数がた落ちだ~


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前回のおさらいになるが、僕が小保方氏に対して感じた違和感は次の二点に対してである。

1.「夢の若返りも目指せるかもしれない」という発言
2.「あなたは過去何百年にわたる細胞生物学の歴史を愚弄している」と査読者に言われたという話

である。実は1は小保方氏の著書「あの日」に、2は須田氏の著書「捏造の科学者」に主張があった。

1.「夢の若返りも目指せるかもしれない」という発言についての心の観察と結論

僕の記憶だけに頼るのもなんだからこのときの発言を探してみると、今の世の中は便利なもので当時の記者会見があった。



『新発見「STAP細胞」の記者発表』と題されたこの動画の3分08秒あたりから始まる発言を文字で起こしてみると、

また、これまで、え~と、STAP細胞は一度分化した細胞が、まるで赤ちゃん細胞のように蘇るというか、若返ることを示しておりますので、もしかしたら夢の若返りも目指して行けるのではないかと考えております。

とのことだ。これで記者発表は終わり質疑応答に入るので〆の発言、言ってみれば最後の打ち上げ花火のような発言となっている。どうやって講演を終わりにするかは、講演の準備をしてる段階でも結構重要な項目だと思うのでアドリブではなく最初からデザインされた発言で、実際プレゼン用の画像にも「若返り」という文字が入っている。僕が最初に抱いた印象「迂闊な人の迂闊な発言」というのはどうも間違いだったようだ。

小保方氏の著書からこの発言について述べている部分を前後を含めて引用する。

『次々と質問が来た。iPS細胞とはまだ比較するような段階でないことや、遠い将来を見据えて研究を進めたいことなど、できる限り答えた。ちなみに、プレゼンテーションの最後に「夢の若返りも目指せるかもしれない」と述べたのは、老化という徐々に起こる細胞への変化が、細胞の柔軟性にどのように影響を与えるのか、「STAP現象」によってどの程度、老化による細胞の変化は解除されるのか、ということを今後の研究項目に考えていたからだ。しかし、私のプレゼンテーションの後に行われた笹井先生によるiPS細胞との比較の説明が分かりやすかったようで、報道ではiPS細胞よりも簡単に万能細胞ができると大きく紹介されることになってしまった。』(p.137)


「ちなみに」で始まる赤い字の部分が夢の若返り発言の真意であると主張したいのだと思う。この文章の内容に大きな意味があるとは思えないのだが、解釈できなくもない。ただ、科学的に本人が述べているつもりでいると思うので、非専門家の僕は解釈しないでおこうと思う。「ちなみに」という言葉は「補足すると」という意味で使われると思うがそうなると、「iPS細胞とはまだ比較するような段階でない」もしくは「遠い将来を見据えて研究を進めたい」のどちらか、もしくは両方を補足している文章と考えていいはずだが、どちらも補足しなければならないようなわかりにくい文章ではない。となると、本当に補足したい文章はこのパラグラフ全体だとみる方が正しい、というよりその方が彼女の心理に近いだろうと思う。そこで赤い文章を除いて要約してみると、

私はSTAPの研究はiPS細胞と比較できないほど研究の初期段階であり、将来を見据えなければいけないとちゃんと控えめに言ったのに、笹井先生のプレゼンのおかげで話が大きくなっちゃった


と言っていると思う。もっと縮めると、「私は控え目に言ったのに、話が大きくなっちゃった!」というわけ。ところがこの主張をするのにはちょっと後ろめたいことが彼女にはあるわけだ。なぜなら科学者があろうことか「若返り」なんてセンセーショナルな言葉を使ってしまっているから。つまり、彼女は赤い字の部分では、


「夢の若返りも目指せるかもしれない」なんてのも話を大きくすることに片棒を担いでいるように見えるが、実はそんなつもりで言ったわけではない。


と「補足」したいのだろう。要するに

あちゃ~分かり易くアピールしようとは思っていたものの、あれは言い過ぎた!

って言いたいのだというのが自然な解釈だと思う。そもそもこの発言が飛び出した「本研究からの展望」という画像を見せながらのプレゼンは今みても(多分当時みても)かなりペラペラだ。若返りのシナリオがあまりにも壮大すぎる(と思う)。例えばシワクチャおばあちゃんを18歳のピチピチギャルのようにするのは

a.顔の細胞をSTAP現象により受精卵のような何にでも分化する細胞にする

b.顔から足が生えたら困るからSTAP細胞になった顔の細胞を、細胞分裂や増殖を繰り返して顔のパーツになるように制御する

c.顔だけじゃなく、順次体のあらゆる器官でこのプロセスをする

ということだろうが、どれ一つとっても論文にはその片鱗さえない。いかに今後の展望を述べるにしても実にバカバカしい誇大広告と言っていいと思う。ではこれをもって彼女を希代の大詐欺師と決めつけるべきかというとそうではないというのが僕の解釈だ。動画を見てもらえばわかるが、ほんの僅か、「夢の若返り」発言をしているとき、彼女は笑っているのか語調が少しだけ明るくなっていると思う。多分、この時点でやりすぎを自覚しているのだろう。しかも、目立った批判もなかった発言をわざわざ自著で言い訳までしているから後悔を引っ張っていると解釈できると今のところ思える。だが、やりすぎを自覚しながら、記者相手とはいえ、時間の非可逆性への挑戦という愚行を口にするということは、

学問的にあまり揉まれていない、プレゼンや議論が不慣れな研究者である

ということなのだと思う。素人同然の記者に説明するにせよ、場数さえ踏んでおけば学会などで絶対使えないような言葉を「展望」とはいえ、高々修行を始めて5、6年ばかりの人間が選ぶとは到底考えにくい。もちろん学者も予算を取るため、結果をアピールするため、色々な装飾文言を用意するものだとは思うが自分をよく見せるのにはそれなりの方法があるだろう。そう思ってもう一度動画を見てみると、彼女のぎこちなさに納得できるのではないかと思う。つまり僕の感じた違和感とは「ん?こんなこと言う人が本当にすごい人なの??」ということだったのだろうと思う。


2.「あなたは過去何百年にわたる細胞生物学の歴史を愚弄している」という査読者に言われたという話の謎


前回の記事では理由を自分なりに細かく挙げ違和感を説明したが、その答えは案外簡単だったと思う。「捏造の科学者」の著者である須田桃子氏は、どういう経緯で手にいれたのかまでは分からないが、実はネイチャーのレフェリーレポートを手に入れており、そのレフェリーレポートにはこの文言はなかったと主張している(p.305)。小保方氏はSTAP論文のプロトタイプとなる論文を以前投稿しているが、こちらはPNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences )という論文でネイチャーではなく、小保方氏もネイチャーの査読者に言われたと言っているので、須田氏の入手したものにこの文言が無ければやはり言われてないということになる。これほど精神的に痛めつけられるだろうコメントについて「あの日」では一切説明もない。これは小保方氏の嘘だったということだろうと思う。小保方氏の発言は質疑応答の中でなされており、アドリブだったと思われるが、「とても悔しい思いをした」ということを強調するために嘘をついたのではないかと思う。

ただ、これをもってものすごい嘘つきかというと、案外こんな風に話をつくることはありがちなのではないかと思う。僕は英雄にも偉い人にもなったことがないからここまで話を作ることはしたことがないが、偉人の逸話、伝説などは枚挙にいとまがない。
こんな文言で話を盛ったのは、やはり学者としての経験不足からくるものだろう。彼女の年齢からみてトップクラスの雑誌でレフェリーを任されることもなかったろうと思うし、従ってレフェリーレポートがどういうものかもあまり知らなかったのかもしれない。

小保方氏に対する二つの違和感は今にして思えば、繰り返しにはなるが、

え?こんな幼稚・未熟な人がすごいの??

ということだったのかもしれない。のちの謝罪会見ではデータ管理があまりにも杜撰で未熟であったと謝罪していたが、そうではなく研究者としてそもそもあらゆる面が未熟だったのだろうと思う。ただ、指導教官を大学、修士課程、博士課程、その後とどんどん変えてゆき一貫した教育を受けられなかった人間としてはごく普通の結果なのではないだろうかとも思う。もちろん指導教官を変えることが悪くはないのだが、その都度その都度学生としての長所、短所を的確に把握してもらってなかったとしたら、それはとても残念なことだったと思うし不運なことだったと思われる。

「小保方氏は未熟であった」という結論を導き出したとなると、僕自身の責任としてもう少し裏を取る必要があると思う。次回は小保方氏の経歴・実績について「あの日」や「捏造の科学者」の年表も参考にしながらもう少し詳しく分析してみたいと思う。客観的なデータを集めて冷徹に分析すると彼女の人生は運と不運のモザイク模様だったのではないかと思われるのだが......





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安楽椅子でSTAPを~0章 事件のあらましと主夫太郎の違和感~

2017.08.17 08:03|安楽椅子でSTAPを
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STAP事件について、真剣に考えてみます

「古い話だからこそ今考えられる」

そう思い、安楽椅子から事件を考えます

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2014年1月28日、理化学研究所はSTAP細胞の論文の掲載に際し記者会見を華々しく開き、どういうわけかマスコミもいつになくはしゃぐものだから、一気に学問とは縁遠い人々(もちろん僕も含めて)にも関心を持たれることになった。もう少し私見を入れて述べれば、我々無教養な大多数の一般大衆はSTAP細胞という本当はよくわからないものよりも、小保方さんという若手女性研究者に関心を持ったのだと思う。「凄く頭の良い人達が日本で元気に研究していてノーベル賞級の発表をして、そこに美人がいる」というのが国民としてはかなり嬉しく、かつマスコミも取り上げやすかったのではないかと今振り返って想像する。小保方晴子氏という人が美人で白衣の代わりに割烹着を着ていたり研究室に置いてある機器にムーミンが描かれていたりして、我々学問と縁遠い人間が想像する研究者のイメージと全く違う特異な世界を醸し出していて、そこをマスコミが取り上げ「リケジョの星」などと騒いだものだから一般人にとってはSTAP細胞と小保方晴子氏は全くもって同義語になった。

小保方氏がワイドショーやネットで「かわいい」だの「巨乳」だのと今となってはどうでもいい事まで取り上げられてネタとして少し長めに引っ張られていたが、ある日からネイチャー掲載論文の捏造(ねつぞう)疑惑が起こる。最初は「まさか」という感じであったのだが、小保方氏の過去の論文でのコピペなどが指摘され、捏造疑惑が瞬く間に現実味を帯びてきた。その後は崖を石ころが転げ落ちる様に小保方氏も論文もマスコミやネットに貶められてゆく。全くもってよく解らない難しい専門用語がテレビで飛び交い論文が批判され、加えて小保方氏の学生時代の変な女の子具合や笹井氏と小保方氏との男女関係まで指摘されたりと硬軟交えた報道がされ一体どうなるのかと思った矢先、笹井氏が自殺をして小保方氏は決定的に悪女として扱われるようになった。

世間一般人がこの事件を忘れかけたころ、小保方氏が一冊の本を世に送り出す。それが、

STAP細胞最後

あの日

だ。「悪党に印税で儲けさせるだけだ」などと言う人も反小保方派の中にもいるが、僕としてはこの事件をテレビを通じてだけども追いかけてみて疑問に思ったことが幾つかあり、それを解説してくれないかと思い購入してみた。この本が僕に与えた最初の印象は「小説」というもので、真実の告白をドキュメンタリータッチで書いているものではなかった。真相の全容解明という点では少しがっかりもしたが、一方で小保方氏の心情が明示的、暗示的に書かれているという点はかなり興味を持てた。真相解明や全面謝罪を期待していた人には全くもって評価されない本ではあるが、僕のような科学の現代的教養が欠如していながらも、興味を少なからずもった人間にとってはかえってこの事件が「人間が起こした事件である」と再認識させてくれるもので一読ではなく真剣に深読みするべき本なのではないかと思えてきたのが、今回の企画のきっかけと言っていいと思う。


報道は小保方氏を「大天才かペテン師か?」という扱いしかしなかったように思え、小保方氏の人間的部分は随分と一方的な決めつけしか目にしなかったと思う。この本で彼女は「ちょっと運の良かったふつうの人間」であることを語っているようにも思える。「あの日」に書かれている鼻につく見栄や装飾やある意図を持った強調を人間が過去を後悔するのに「不可避の自己弁護的行動である」と読者側が正直に認めるなら、この本からいくらかの真実を、彼女の「心の動き」から読み取れる気がしてならない。そこで、今回はブログのタイトルにもあるようにこのSTAP事件を「あの日」の記述から安楽椅子探偵を気取り、もう一度見つめなおして見ようと思う。事故は必ずしもそうではないが、事件が起こるときは必ず「人の心の動き」がある。この心の動きを捉え、事件の真相の断面を得ようというのがこのブログの企画の主たる目的になる。もちろん彼女の心を探るうちに彼女の言葉に溺れかねない。

そこで、ジャーナリスト(毎日新聞記者)の須田桃子氏が出版した

捏造の科学者20170704

捏造の科学者

を、小保方氏の言葉に溺れ飲み込まれそうになったとき必死につかむ「藁」として傍らに置くことにした。この本は反小保方派とまでは行かないものの、再生医学とは畑違いの修士を出た程度である新聞記者が「捏造の科学者」と(多分小保方氏を)断言しているわけで少々意地悪な書き方をしている部分があるが、溺れるときにつかむ藁としては、まぁ、いいのではないかと思う。それに時系列に書かれた取材日記としては幾らかのセンチメンタルな記述があるもののそこそこの出来だと思う。この2冊の他、ネットや幾らかの本を参考にしながらの探偵ごっこになるが、読者の皆さんには気軽に僕と一緒に探偵ごっこを楽しんでもらえればと思う。

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この事件に最も大きく関わった科学者としてSTAP論文の著者、

小保方晴子、元理研・研究ユニットリーダー

若山照彦、現・山梨大学教授

故・笹井芳樹、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB) 副センター長、


の3人を挙げるのに異論がある人はいないと思う(「捏造の科学者」の表紙は左から小保方、笹井、若山各氏)。ネイチャーに投稿された2本の論文のうち、アーティクルと呼ばれる少し長い論文は小保方氏のハーバードでの指導教官のヴァカンティ氏が、レターと呼ばれる短めの論文は若山氏がLast Authorになっているようだ(両方とも筆頭著者は小保方氏)。笹井氏はこの論文を作成段階からサポートし、宣伝にも携わった人でもちろん著者としても名前を連ねていた。「小保方氏が悪党で他の二人が被害者」、「若山氏が黒幕」などなど色々な説がネットを賑わしているが、僕はこの3人それぞれに妙な違和感があったのでまずそこを記述しておこうと思う。僕が感じた違和感とはつまり僕の心の動きだが、これは同時にこの三人の心の動きを捉えたのかもしれない。だから放っておいては事件の真相を見誤るかもしれないので、まずは僕が感じた違和感を整理しておこうと思う。


1.小保方氏への違和感

2014年1月28日、STAPに関する記者会見が開かれる。そこで華々しく登場したのが、その後「リケジョの星」などともてはやされる小保方氏であるが、この会見で小保方氏は、

「夢の若返りも目指せるかもしれない」

と述べている。適当にテレビを聞いていた僕が一瞬、「え?」とテレビの方を振り返ったのをよく覚えている(リアルタイムの記者会見ではなく編集後のものだったかもしれない)。もちろん「これを研究者が果たして言うだろうか?」という驚き、違和感とともに振り返った。たとえば物理の研究者が「夢の永久機関も目指せるかもしれない」と言ったらかなりうさん臭いがこれに相当するうさん臭さだと思う。記者会見でいくらかの誇大広告や我々一般人にもいくらか分かりやすく研究の目指すところを説明してくれたと解釈しても、時間軸の非可逆性に対する挑戦みたいなことを言うか?という印象だった。もちろんこの時点で小保方氏に疑惑の目を向けられた人はいないだろうし、僕もそうではなかったが、彼女がある意味「迂闊な人」なのではないかという思いは幾らかの人が持ったと思うし、実際僕もそういう印象を持った。

そしてもう一つ、小保方氏が記者会見で

「あなたは過去何百年にわたる細胞生物学の歴史を愚弄している」

と自身の研究をネイチャーの査読者に酷評されたことがあるというエピソードを披露したそうだが、少しでも自然科学に携わったことがある人間ならこれに強烈な違和感を感じると思う。というのも「科学者というのはこんな面倒臭いことを書面にするはずがない」からだ。論文を掲載拒否(以後リジェクトという)する場合には、科学的なミスを指摘するか、「この雑誌のレベルに達していない」と言う必要があるが、ミスの指摘にしろ「レベルに達していない」と言うにしろその結論には査読者は理由を「そこそこ」述べなければならない。「歴史の愚弄」という人格まで否定しかねない言葉を使う限りは歴史を愚弄している点を懇切丁寧に指摘しなければならないが、そんな苦労をしたところで「歴史の愚弄」ではリジェクトの理由になるはずないから(愚弄していても新規性のある素晴らしい論文なら掲載するべきだから)、歴史の愚弄について査読のレポートを書くことは実に骨折り損なわけだ。無償で査読を引き受けているうえ、ネイチャーほどのレベルの雑誌の査読者となるとかなり普段の業務でも忙しい人間のはずだからとてもこんな面倒なことを書く・するとは思えない。一見して価値がなければエディターに頼んで「バックログがたまっている(未処理の論文がたくさんあって手が回らない)」と書いてもらえば済むことでもあるだろう。また、一般にエディターと査読者は別であり、査読者がこのような酷い言葉を使ったとしても、最終的に著者に手紙を送るエディターが「無意味な文章」として削除する可能性が十二分にあると思うし無用な言い争いを避けるためにもこのような文章をエディターが削除することは妥当だと思われる。こんな意見が著者に届くというのはかなり低い確率だと思えるのだが.....



2.若山氏に対する違和感

捏造の疑惑がマスコミで取り沙汰されてすぐに若山氏が、

「(小保方さんを含む共同著者に)論文の取り下げに同意するよう呼びかけた」

とメディアを通じてリークしたのだが、流石にこの発言は思わず耳を疑いたくなった。原則として学術論文を共著で書く場合その責任は著者全員が負わなければならない。なぜならば、逆にその学術論文が世に出て称賛される場合、著者全員が称賛されるからだ。もちろん、主著者(筆頭著者・責任著者)とそれ以外の人達にいくらかの評価の差があることは事実だろうし、著者全員が論文全体に同じだけの貢献があるわけでもないのは事実だが、出版されればその著者たちの「実績」になるわけだし、引用される場合でも常に全員が著者として紹介される(あまり長いとet.alと略記されるが)。つまり著者群は一つの人格を持っていると言ってもいいだろう。だからあらゆる意思決定は少なくとも責任著者同士がはっきりとした合意のもとされるべきだが、若山氏の上記発言は合意の醸成の前に「知~らない!いちぬけた~!!」と言っているのと全く同等だ。こんな非常識なことをベテラン科学者がするということにものすごい違和感を感じた。実際この発言のあと若山氏は著者の中で、唯一批判の外に立つことができてマスコミから強く追及されることもなかったどころか逆にその潔さが評価され、以降彼が繰り出す一手一手が無批判に受け入れられていったように僕には思えた。まさにこの一言は神の一手となったが、小保方氏という若い研究者のアドバイザーであったという立場の人間が平然と打てる一手なのだろうか。


3.笹井氏に対する違和感

笹井氏がどういう文脈だったかその前後を聞いていないのでわからないのだけども

「論文執筆の最後に短期間関わっただけ」

とテレビで告白したことがあった(僕の記憶だと二か月と言っていた気もするが)。笹井氏は責任著者で本来はこの論文の内容を深く精査している必要があるが「実は論文としての体裁を整えただけで、著者になっちゃいました」と告白しているに等しい。これは「何か」と引きかえにしないと言えないセリフだ。まぁ、見方によっては「お手軽に一本!論文実績を増やしちゃいました」ともとれるこの告白を普通の科学者はできない。もちろん世界的に有名な笹井氏ともなると今更論文が一つや二つ増えたところで嬉しくもなければ何でもないだろうが、あれだけの宣伝を打ったうえに著者として名を連ねたのに、「実はあんまり自分は関係がない」という告白は自身の信用を一時的であっても失いかねないことは十分理解していたのではないかと思う(実際はこのような批判をうけることはなかったのが未だもって不思議でならない)。この騒動から逃げたくなっての一言か....とも思うが、笹井氏は亡くなるその瞬間まで小保方氏を庇い、ぎりぎりになるまでSTAP論文を守ろうとしていた。ただただこの一言だけが笹井氏が唯一打った逃げの一手で、ただこの一手をその後に生かそうとはしていない。この発言をした瞬間、笹井氏の心が一瞬にせよどう動いたのだろうか....



次回の更新では小保方氏に対する違和感にスポットをあて、人間小保方氏の一面をあぶりだしてみようと思う。あらかじめお断りしておくが、小保方氏をケチョンケチョンに言って悪女として悪口を並べるという結論にはならなかった。むしろふつうの人間だというのが結論だが、その普通さを幾分説明できればと思う。この普通さがどのように事件と関わるのか、そのあたりが安楽椅子探偵の頭の使いどころだと思っている。


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