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主夫太郎2

Author:主夫太郎2
現在専業主夫です!
漁と猟の両方を楽しんでカミさんに栄養を供給するつもりでいます。以前お料理ブログをやってましたが不評だったので猟関係を交えながら僕の日常をレポートします。

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座間味民宿、艪便村(ロビンソン)の思い出

2014.09.20 05:48|国内旅行
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今回の記事は

単に僕の思い出をつづったもので、

読者を意識しない文章で長文になってるので、

読み飛ばしてください。


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僕がカミさんと沖縄に初めて行ったのは2007年だった。沖縄本島を適当に見学したあと、慶良間諸島と呼ばれる離島群の中の座間味島に行ったのだが、これが沖縄に通う決定的な体験になった。慶良間ブルーとかいう随分と陳腐な名前を付けられてしまったが、ここの海の青さはとても素晴らしく海外の有名リゾート地の海、例えばグアム、ハワイやサイパンといったところよりも評判がいいらしい。2013年には慶良間諸島が国立公園に指定され観光客も増えてきてるようだが、2014年現在、外国人観光客が少し増えたと思うものの、それほど大きな変化が座間味島にあったようには僕には見えない。

その国立公園に指定された2013年はどうしても都合がつかず座間味島を訪れることが出来なかったのだが、どうも2年も間を開けるというのが嫌で、9月のはじめにいつもの宿、艪便村(ロビンソン)のお世話になることにした。


ロビンソン別館20140917

宿は素朴なものだ。いまどき珍しいくらいの古いタイプの民宿でたまに部屋にアリなんかが入ってくる。冷房は完備しているから不快な思いをすることはないが、もちろん人によっては合わない人もいるだろう。夜はオーナーが面子を見て「ゆんたく」と言われる宴会で沖縄三味線を弾きながら歌を歌ってくれるのだが、僕の世代はとても楽しいのだけどもこれも向き不向きがあるかもしれない。だが、沖縄の離島に来て細かいことに文句を言うなんてどうかしてるとしか言いようがない。こんなのも含めて離島、座間味の醍醐味と言えると思う。

この民宿は阿真ビーチという海水浴場に近く、歩いてビーチに行ける。この阿真ビーチは以前よりもサンゴは減ったらしいが、100メートルも泳げば亀やカクレクマノミが見られるところで人もそれほど多くない。以下二つは阿真ビーチで撮った動画だ。












座間味に通うようになったころから、もちろん沖縄の海とは何の関係もないのだが、僕の精神状態は少しづつ悪くなって行った。仕事やその人間関係が僕の精神を圧迫していて引きこもりになり、正直言って「カミさんが行きたがるから行く」ということも何度かあった。もちろんイヤイヤながらの出発ではあるのだが、座間味に着いてみると不思議と仕事のことやつまらない書類のことが滞在期間中にスーと抜けて行き、2日もすると完全に頭がリフレッシュされるのが分かった。ゆんたくでオリオンビールの歌などを陽気に歌うと、僕をコケにする人達が実につまらない人間に見え、自分の仕事を歴史の一部のように言い切る人間の底の浅さを確信し、不思議と自分の仕事に戻ってもしばらくの間は余裕をもって生活できていたと思う。

もちろん青い海も、白い砂も、暖かい風も僕の精神に大きな潤いを与えてくれたがもう一つ、やっぱりボートシュノーケリングというのは僕の壊れかけた心を少しづつ修復してくれたと思う。ビーチから海に入りバチャバチャと沖まで泳いでゆくのも確かに楽しいのだけども、それだと行ける範囲があまりにも限られる。慶良間諸島には沖から離れたところにもいくらでもキレイなところがあるので、ボートでそのポイントまで連れて行ってもらってボチャンと海に落としてもらい、頃合いをみて引き上げてもらうというのは実に何も考えずにできるエンターテイメントで一発ではまってしまった。特に透明度が高い深い海で泳ぐと空を飛んでいるような気分になり、キレイな岩やお魚を息を止めたまま追いかけると、僕の泳力だとすぐ10メートルくらいは潜ってしまう。未知の世界が大いに僕を魅了した。

カクレクマノミ20140917


船を操縦するのはオーナーの中村さんで、常連さんからは「ヨシヒロさん」と下の名前で呼ばれていた。温厚で語り口も面白い海を知り尽くしたオーナーで以前は漁もしていたらしい。そのオーナーが船を操縦し、ポイントまで行くとロビンソンのスタッフが僕達お客と一緒に海に飛び込んでそのポイントを案内し、また船に戻ってくるというのが段取りのはずだが、大抵の場合このガイド(マリンスタッフって言ってたかな)は常連さんより泳ぐのも潜るのも下手だから自分のことで必死だったりする。まぁ、それもそのはずで大抵はその年限りのスタッフで「耳抜きをこの間できるようになりました」なんて感じだから無理もない。ちょっと泳げる人間は宿泊中に2回もボートに乗ると大抵このガイドより上手くなりあんまりガイドに付いて行かなくなって好き勝手に泳ぎだすのだが、よっぽどのことがないとオーナーは口を出さないで自由にさせてくれた。泳げる常連さんには信頼を置いているらしく大抵のことは任せていた。

ある常連さんがかなり深いところに足ヒレを落としたことがあったそうで

「ヨシヒロさん、足ヒレを海におとしちゃった」

って助けを求めたのだけど、オーナーは

「ああ、ここ深いね、じゃ、オモリ貸してあげるねぇ」

と言ってオモリとイカリを貸てくれたそうだ(その人は「え?とって来てくれないの?って思ったらしい」)。初心者ならオーナーが潜ってとってきてくれるのだけど、泳ぎのうまい常連さんには「自分でおもりをつけて沈んで取ってきてね」という態度だそうで沖縄の呑気な海にいる穏やかななオーナーらしい話だとも思う。



あるとき、慣れないガイドの子が力尽き船から離れたところで動けなくなってしまった。するとオーナーが

「主夫太郎さん、あの子連れてきてあげて」

なんて言ってお客の僕がガイドを助けに行ったこともあった。宿に帰ると、オーナーが楽しそうに、

「主夫太郎さんはうちのガイドの命の恩人だ」

なんてスタッフに大げさにいうし、当の助けられた本人も

「三途の川が見えました」

なんてこれまた適当にお手盛りするもんだから、実際はそれほど大したことをしてないのだけどスタッフみんながお礼なんぞ言いだしてちょっとしたヒーローになってしまった。それ以来なんだか常連さん扱いになって、僕の名前も宿の人に覚えてもらい、思い出したくないことの方が多いあの時期の数少ない楽しい思い出に今でもなっている。

マンタ横顔20140917

マンタなんかに出くわすと、もうガイドもお客もない状態になったりする。もともとロビンソンのマリンスタッフになりたい人というのは海が好きで雇われるわけだから、マンタを見たくて仕方がない。もちろん客もマンタ目当てだから「マンタが出た!」なんてなったら誰よりも早く用意して飛び込み、マンタに近づいてゆき写真をパシャパシャとりマンタを追いかける。そうしないとマンタなんていなくなっちゃうから。海に出る前は「マンタには絶対さわらないでください、触ると来なくなるかもしれません」なんて言われるんだけども、スキューバと違ってぶくぶくと異様な泡を吹いているわけでもないのでマンタの方もちっとも怖がらないでこちらに向かってきたりもする。僕なんか夢中になってマンタの前にまわりこんだらマンタが寄って来て、ヒレでひっぱたかれたことがあった。そんなのでもう来なくなるかというとそんなはずはなく、自然というのは人間が大げさに心配することもないのだとおおらかな心で海を見られるようにもなった。

結婚のお祝い20140917

年を追うごとに僕の精神状態は悪化して行ったのだけど、そんな中、僕とカミさんは結婚をして、記念に沖縄、もちろん座間味を訪れた。「ようやく結婚しました」なんていうと夜は当然のように「ゆんたく」になって、そこではサプライズのケーキを出してもらったのも良い思い出だ。しこたま酔ってしまい、次の日「昨日は酔いすぎたなぁ」っていったら「お酒を飲んで酔うのは上等ですよ、上等」とオーナーが言ってくれた。気にしなくていいってことだろうと思う。

僕が半分狂ったようになって、仕事を辞めたのはこの結婚のお祝いの翌年だった。その年も僕等は座間味に行きロビンソンに泊まる。お目当てはいつものボートシュノーケリングだった。ボートで休んでいる時オーナーに、

「僕仕事辞めたんだ。いやになってね」

と、思い切って言ってみた。もちろん別にこんなことを言っても言わなくても良かったのだけどもなんとなくオーナーに言ってみたかったのだと思う。

「そんで主夫太郎さん、何になるの?」

「ん~、今度鉄砲の免許とるからさ、ハンターにでもなろうと思うんだ」

「それで食べて行けるの?」

「まぁ、まず無理だろうね。でも目の前にあることだから真剣にやるんさ」

「へ~。そんじゃさ、島に沢山カラスがいるからあれ撃ってよ。みんな困ってるんだ」

という会話は何気ないのだけど、食べて行けなくても何かやればいいことがあるような気にさせてもらい、思い出すとなんとなく心が温まる。座間味島で鉄砲が撃てるのかどうかは分からないが、駆除して欲しいなら「食べないなら撃たない」という方針を曲げてでも撃ってやれればなぁとその時思った。

「海にもねぇ、水中銃ってのがあるんですよ。免許ないと撃てないけどね。これはみんな夢中になるよ~。大人だって夢中になっちゃう。面白いよ~。今度やろうよ」

なんて少年のような笑顔で言ってくれたが、免許と漁業権がないと撃てないからサービストークをしてくれたのかな。それでも僕は大いに興奮して水中銃の話を色々と聞きだし、是非今度やらせてくれと言った。水中銃の話に僕が興味をしめし、さらに狩りに興味があると言ったからなのか、オーナーは昔、お父さんと漁をしていた話をしてくれた。

「昔はね、手製の爆弾作ってそれで魚とるんですよ。うちのおやじはねぇ、爆弾作りの名人だったですよ」

とオーナーは話を始めた。僕もカミさんも目を丸くして話を聞く。

「おやじが手製の爆弾に火をつけて投げるとね、ボーン!って言った後、お魚が浮いてくるわけ。そうすると『お前魚とってこ~い』っちゅうてとりに行かされるんですよ。」

あははははと僕等は笑った。

「そんでね、あらかた網に入れたと思って舟に帰ろうとすると、わたしが海にいるのに、またおやじがポンと爆弾を海になげるんですよ。野蛮だからね~。息子が海にいるかどうかなんて全然お構いなしで。そんでボンって爆弾が破裂するとビビーって体の芯まで響くですよ。するとねぇ、おやじが『魚とっておけよ』っちゅってわたしを置いて違う漁場に行っちゃうんですよ。めちゃくちゃな時代だったね。」

もちろんまた大笑いをするのだけども、凄い話だなぁ、やっぱりお魚を捕るのは大変なことなんだなぁと一方で感心もした。

2013年、前述の通り、出費も多い年で都合もつかず一度も座間味島を訪れなかった。カミさんも僕もすごく気にしていて今年もフランス旅行などして、かなり家計はダメージは受けていたが、とにかく行こうということで2014年9月4日にロビンソンを訪れる。その日の午後からボートに乗って、またオーナーと楽しくおしゃべりしながら、今度は僕の狩りの武勇伝でも聞かせてオーナーに笑ってもらおうと思っていたし、もしかしたら内緒で水中銃なんか使わせてくれるかな?などとありえない期待をして訪問したのだが、僕等が到着する前日、9月3日の午後、オーナーは屋根にかけた梯子を降りる途中、梯子が外れて頭を打ち、ヘリで那覇に運ばれて不在だった。

最初は「今年はボートに乗れなくてもオーナーが回復したらまた来よう」なんて思っていたのだが、長年宿を切り盛りしているみゆきさんが「社長....あんまり良くない」と小さく息を吐きながら言ったとき僕等も事の重大性に気づいた。翌日、みゆきさんが、「社長、あと2、3日だっていうから、私、これから那覇にゆく。夕飯は他のところで食べてね」と言ってその日からいなくなってしまった。僕等の宿泊はそれから3日くらいあったが、帰る日まで、みゆきさんからはオーナーに関する連絡がなかった。もちろん心配もしていたけども、島の人の噂で「2、3日が山だって話だよ」というのが我々の耳に入ってきて、みゆきさんから聞いた「社長、あと2、3日」というのは「山を越えるまでに2、3日ということ」なんだと僕等は自分達に都合のよい噂、というか解釈を採用することにした。

東京に帰ってからしばらく怖くて電話が出来なかったのだが、連絡がないということはオーナーはきっと山を越えて回復に向かっているのだろうと思っていた、というより思いたかった。けれども、それならそれでどんな状態か知りたいから9月16日、ロビンソンに電話をかけると、みゆきさんが電話に出て、

「きのう那覇から帰ってきたのだけどね、お葬式だったのよ。12日に天に召されてしまいました。一度も目を開けませんでした」

とのことだった。僕はみゆきさんに通り一遍のお悔やみを言ったのだと思う。うまい言葉が出てこなかった。予想していたかもしれないがやっぱりショックだった。さらに

「主夫太郎さんから頂いたお見舞いね、香典ということで包みを変えてご家族にお渡ししました」

と言われて、僕はもうオーナーには会えないんだなぁと、オーナーの海の話、昔の沖縄の話、三線の弾き語りを聞けないのだなぁと全てを諦めなければいけないと実感をした。電話を聞きながらカミさんも真赤な目をしていたからすぐ事情を呑み込んだのだと思う。

オーナーの三線20140917


上の写真、三線を持っている右の方がオーナー。「常夏の国、我した島沖縄(わしたしまウチナー)」という歌詞が芭蕉布という歌にあるのだけど、そのあたりをうたっているオーナーが好きだった。

ちゅら20140917

ロビンソンの犬、チュラはオーナーがいないのをどう感じているのだろうか。民宿は引き続きみゆきさんが切り盛りして続けるそうだから今度はチュラにでも会いにゆくか、それともただ沖縄の空気を吸いにゆくか、寂しくなってしまったけど楽しい思い出の残像を探しに行こうか今はどうも思いつかない。仕事を辞めてもちろんいくらかの葛藤を経たけどもやっと精神的に安定し、何の憂いもなく訪れることができるようになった座間味島なのに、あの温厚で楽しくて座間味の海が全て詰まっているようなオーナーがいなくなってしまったこと、僕はどうに納得すればいいのだろう。もし僕達があと一日早く行っていたらオーナーは僕達の為にボートを出していて屋根なんかに登らなかったかもしれない。ふっとそんなことを思ってしまったが、もうこんな意地悪な現実は神様のせいにしようと思う。こんなときにさえ登場できない神様なんて何の役にも立たないじゃないか。だから神様のせいにしてもいいんじゃないかと、今は自分を納得させている。

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