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Author:主夫太郎2
現在専業主夫です!
漁と猟の両方を楽しんでカミさんに栄養を供給するつもりでいます。以前お料理ブログをやってましたが不評だったので猟関係を交えながら僕の日常をレポートします。

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猪とカリフラワーとジャガイモのカレーを食べて思うこと

2015.04.28 09:52|猟と獲物のお料理の話
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今日は主夫太郎の昔話です。

長いですから、ファン以外の方は注意ねぇ~。

コメント欄は今回も閉じておきますね。

長いの読むの大変だろうから。


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まずはお料理から。

猪のカリフラワーカレー20141211

これは猟期中にもらった猪の出汁で作ったカレーだけども、具はジャガイモとカリフラワーです。カリフラワーのカレー?と思うかもしれませんが、僕にとってはかなり昔から食べている食べ物で、比較的柔らかめに煮込んで食べるのが好きです。本場インド・パキスタンでもカリフラワーとジャガイモのカレーがあるのか知りませんが、アールゴビと言えばどこのカレー屋さんでも通じるとおもいますよ。今日の記事のメインはこの、カリフラワーのカレーに初めて出会ったあたりのお話。

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僕は一浪して大学にやっとこさ入ったのだけども、最初は本当に大学というところには失望した。当時は何でもありといえば何でもありで、教員なんてのは遅れてくるのは当たり前、あまつさえやっと授業が始まっても声も小さいが黒板に書く字も小さく、しかもよく間違う。何年も使っているノートを見ながら板書するくせに間違うってことは学生から指摘があってもノートは直さないのだろう。授業に対する無気力感が伝わってきた。私立大学というのは国立大学で定年を迎えた人を再就職させるためなのか、当時は定年が70歳か75歳だか....ちょっと忘れたがそんな感じだったと思う。そうなると、歩くのもやっとなんて教授もいて授業に出ても学問について行けるかどうかの心配よりも、いつ目の前の教授が倒れるかの心配の方が先立つなんて授業もあった。と、ここまで書くと実にろくでもない教育が施されたように見えるがこれがまたそうでもない。一年の前期が過ぎると気付くのだが、熱意を持って授業をする教授は単位認定も厳しかったが、逆に無気力な教員は単位認定なんて真面目にやらない。まぁ、フリーパスみたいなものだったと今では思う。とどのつまり、「不真面目に授業やる代わりに出席もとらないし単位もやるから、お前ら文句言わんでくれ」ということで、結局不真面目に見える教授というのは学問をする気力を奪うかわりに、「時間」と「単位」を僕等に与えてくれた。僕は頭の回転が速い方ではないが、半年もすると、年間100万円以上する授業料で大学から買ったものというのは、「身分」、「時間」、「図書館」だったことに気づいた。この点、僕等の世代であまり品の良くない私立大学を卒業した人達には異論のないところだと思う。どうやら今は大学というのも上辺だけはしっかりしている様でこんな思い出話をしても若い人には何のことだか分からないかもしれないが、とにもかくにも学生というのは時間というものは沢山持っている生き物だった。


まぁ、そうなると学生なんてのはやることがないものだからサークルなんかをやり出して、昼間大学に来ない代わりに夜大学に通うなんて奴も出てくる。「出てくる」と他人事の言ったがその中の一人に僕がいた。入学式で会って顔を覚えたような人が丁度下校するころ校門のあたりですれ違い「やぁ、ひさしぶり」なんて言うのが普通くらいだったから、滅茶苦茶といえば滅茶苦茶だ。サークルの方も当時としてはそこそこ真面目にやっていて、そのあとの楽しみというのはもちろん「食べ物」だった。一日中遊んでいるくせに、「今日の自分にご褒美」なんて勝手な感覚で学生としてはかなり贅沢な夕飯を食べていたと思う。何を食べていたかというと子供みたいな話だが、上の写真で紹介したような「カレー」だ。

群馬の田舎から東京に出てきた僕がびっくりしたものの一つに、東京での外人さんの多さがあった。毎日と言っていいほど外人さんに出会う。しかも日本語をしゃべったりするからさらにびっくりした。群馬県渋川市で僕が子どもだった当時に外国人に会うのはとても珍しいことだった。モルモン教徒だか何だかの宣教師が小学校に(多分無許可で)一度来たことがあるのだが「外人が来てる!」と誰かが斥候よろしく教室に広報すると全員が教室から飛び出して見に行ったものだ。一気に大勢の子供が突撃してきて「ハロー!ハロー!!」と握手を求めるのだからモルモン教徒の方もたまったものではなかったのだろう。それ以降一度も我が金島小学校には現れなかった。それが東京に来ると山ほどいて、特に日本人の方も気にしないで普通にすれ違ったりするものだから、たまに映画でしか見たことがないような「金髪色白ハナタカ足長ウェストくびれのボイン美女」なんかを見ても振り向かないように努力したものだった。

外国人がこれだけ普通にいると、外国の人が食べるものも街角に普通にある。前述の「金髪色白・・・ボイン美女」はアメリカ系だろうからマクドナルドでも食べていたのかもしれないが、その他、インド、パキスタン、タイ、カンボジア、ペルー、ブラジルなんて群馬では殆ど聞いたことがない食べ物屋があって、外国人はもちろん日本人も普通に食事をとっていた。最初はおっかなびっくり入ってみたのだけどもあっというまに「エスニック・多国籍料理」にはまってしまい、それからは週3回くらいは食べていたと思う。当時通っていたカレー屋というのは高田馬場にある「ラージプート」というパキスタン料理屋でカレー、サラダ、ライス、チャパティで1500円くらいしたかな、名物のクライチキンだと1800円したと思うから学生にとってはなかなかの高級料理で、一日一食、ラージプートでカレーを食べるだけ、などという日もよくあった。クライチキンというのは野菜と鶏肉の水分だけで炊き上げるカレーで、「水を一滴も使わない」というのに憧れて、自炊でもチャレンジして何度か鍋を焦がしたこともあった。チャパティも本当に不思議なパンに見えて家でなんども挑戦した。フライパンにパン生地をはり付けてひっくり返して表面をガスコンロで焼かなければいけないのだが、駄目だと分かっていてもテフロンのフライパンでやって何度も生地をコンロに落としてしまったのも良い思い出といえばよい思い出か。ホウレンソウのペーストのカレーなんてもびっくりしてやってみたことがあったが当時はあまり美味しいものを作れなかったと思う。

一番好きだったカレーが羊とカリフラワーのカレー「ゴビ・ゴーシュト」だった。当時、僕がゴビ・ゴーシュトを頼むと「いつもと同じだ」とカミさんがニコニコと僕を見て笑っていたのを覚えている。カリフラワーのシャリシャリ感と甘み、それまであまり食べた事がなかった羊の香りが気に入ってしまい注文し続けていたのだろうと思うが、あまりにも僕がゴビ・ゴーシュトを頼むものだから店の人は僕が「ゴビ」というと「ゴーシュト」と返すようになり、最後は辛さのランクだけをきく「何番?」という注文の取り方になった。たまにクライチキンを頼むと伝票に横線を入れる仕草をしていたから、僕が席に着くだけでゴビ・ゴーシュトを伝票に書いていたのだと思う。もちろん僕のカミさん(当時は彼女だけども)も顔を覚えられる。彼女も一人で行く様になったのだが、ある日「君のボーイフレンドから間違えてお金をもらい過ぎたから、お金を返しておいてくれ」といわれて余分に払った僕のお金を預けられたこともあった(別れてたらどうするんだろう)。

しかし、今、あのカレーをもう食べることはできない。1500円するカレーというのはバブルが完全に弾けて冷え込んだ景気の日本には高く感じられたのかもしれないしインド料理屋が僕の目から見てもそこかしこに出来て飽和状態になり競争が激しくなったからかもしれない。ランチバイキングなんかもはじめてプライスダウンしたらしいのだが気が付くと違うお店に変わっていた。僕が初めてお店に入ってから20年もしてるのだから不思議でもなんでもないが、経営していたパキスタンの家族はどうなったのだろうか。

今回作ったカレーはSBのカレー粉を使っているからラージプートとは違う味なのは明らかなのだが、なんとなく当時の生活を思い出してちょっとセンチメンタルになってしまった。42歳にもなると過去を振り返るのも楽しくなる。「今」とそれから永遠に続くだろう(と誤解していた)「未来」ばかりを見て突っ走ろうと思っていた学生だった頃、僕達が突っ走るエネルギーになっていたカリフラワーのカレーは、中年になった僕達には栄養過多の様で写真の量を二人で思いっきり食べたらちょっと太ってしまった。あの頃のようにまた、「今」と「未来」ばかり見てみたいと一瞬思ったがそれが素晴らしいかと言うとそうでもないと思う。あの頃「たまごっち」というのが大流行した。通信もできないし容量も少ない携帯電子ゲームで、白黒液晶でディスプレイされるカクカクしたひよこのアイコンがしたウンコを、水洗ボタンで流してやって充実した大学生活の「今」を送っていると思っていた女子大生が沢山いたし、そんな奴等がみる「未来」などどうせ大したものではなかったろうと思う。僕もカミさんもたまごっちはやらなかったが、時代には逆らえないものだったからきっと同じ類の人間だったはずで、あのころよりは少し成長した気もする。過去をこうやって振り返り反省し、何かを学び、それから未来と言わず来年のことくらいは考えてみる、まぁ、そんなので良いかなと。落としどころがだんだん年寄じみてきたが、少しは賢くなったのではないかと今のところうぬぼれてみている。

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