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Author:主夫太郎2
現在専業主夫です!
漁と猟の両方を楽しんでカミさんに栄養を供給するつもりでいます。以前お料理ブログをやってましたが不評だったので猟関係を交えながら僕の日常をレポートします。

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主夫太郎アーカイブス~渋川テアトル~

2016.02.25 15:08|雑文
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は~い!!

元女子高生のみなさ~ん!!

最近諸々の事情で忙しいので、

今回は主夫太郎アーカイブスです。

映画のお話です。

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以前の全く人気の無い僕のブログ「隠居な男の主夫ブログ」からのお引越し記事です。映画が若いころとても好きで随分と古い映画をビデオで見ていたのだけども、そんな切っ掛けになった小学生のころのお話です。結構古い記事だから、今の読者さんは殆どの方が読んでないと思います。お暇な時にでも。

~~~~~~~~~~~~~~~~

渋川テアトル

小学校の低学年という大昔の出来ごとであるにもかかわらず、映画というものに興味をもった瞬間というのを今でも鮮明に覚えている。お袋と兄貴が女優について話をしていた。
「ヘップバーンは可愛いいな」
と兄貴が言うと、すかさずお袋が
「バーグマンもいいよ。悪く言う人いないよ」
という程度の話だったけれども、男だか女だか想像さえつかない外人の名前が(そりゃ苗字だからねぇ)いかにも常識のように語られているのが随分と大人の匂いがして、うんと憧れてしまった。それにバーグマンという響きがとても気に入ったのもあって、ヘップバーンよりもバーグマンにその後憧れるようになる。
映画館に行くのは、この会話を聞いたずっと後だけれども、これが映画との出会いと言っていいと思う。

うんと興味を持ったものの、インターネットも何もない時代で、自分のお小遣いもない頃だから本を買うという発想もないので、バーグマンやヘップバーンがどんなものか全く分からなかった。

とにかく映画を見てると出てくるらしいので、その後は映画というものには敏感になって、土曜のお昼過ぎにテレビ東京(当時は東京12チャンネル)でやってる映画を、本当は退屈な映画もあったけれども、バーグマンやらヘップバーンが出てくるのを楽しみになるべく見るようにしていた。果たして映画に出ている美人がバーグマンなのかどうかは僕には皆目解らないのだけれども、
「バーグマンは品があるよぅ、こんなんじゃないよ」
なんて、たまに一緒に見るお袋が言うものだから、大抵品が無い奴はバーグマンでないと断言ができた。
しばらくするとバーグマンなんてものは、滅多に出てこないのだと子供心に分かったのだけれども、それでも食い入る様に見ていたおかげで、番組の最後に映画の役名と女優とアテレコの声優の名前がテロップで紹介されていることに気付いた。ほんの一瞬しか出ないので、アテレコの声優の名前に気を取られてはいけないし、役名を見ているうちに消えてしまうので全神経を集中してテロップを「映像として」記憶するように努力していた。

慣れてくると結構読み取れるもので、
「今日もバーグマンではなかった」
などと言ってがっかりした日もあれば、バーグマンではないけれどもカッコイイ俳優の名前や美人の女優の名前を覚えたりして、独り言みたいに名前を繰り返し言ってみたりして楽しんでいた。キャンディス・バーゲンなんて一回しか見てないけど、何度も口にしたから、名前だけは覚えている。

そもそも「映画」の定義を知らなかった。ドラマみたいに毎週見るものではなく、一回コッキリの番組という認識だったけれども、どうも映画館という所で最初は見ることが出来て、そのあとテレビで放送されるという仕組みであることは、しばらくすると子供にも理解が出来た。
また、テレビは一回見逃すといつ見られるか分からないけれども、映画館はしばらくやっているということも、何処で知ったのか、多分友達から聞いたのだろうな、理解するようになって、そうなると全くもって自然の成り行きで映画というものを映画館というところで見たくなった。

お袋に聞いてみると渋川(僕が育った群馬の田舎)にも一軒だけ「渋川テアトル」という映画館がある。
そこに連れていけというと、「あんなところに行くもんじゃない」とか「何の映画をみるんだ」とかそんなことばかり言って一向に連れて行ってくれなかった。そんなおりだが、間がいいのか悪いのか、それとも渋川テアトルに行きたいという気持ちがとても強いから普段は気付かなかったものが気付くようになったのか、小学校の門の前で渋川テアトルの従業員がビラを配っているのに出くわした。そのビラを持って帰って「これが見たい」とお袋に直訴したのを覚えている。映画は「ブッシュマン」だった。
「そんな下らない映画なんて見なくていいよ」と言って却下されてしまったから、矢張り見に行けなかったけれども、そのせいか、ブッシュマンのビラというのは今でもオボロゲながらだけれども覚えている。
コーラの空き瓶をアフリカの原住民の子供が覗いていて、やっぱりアフリカの原住民である主人公のニカウさんが弓を持って立っている。そんな写真だったと思う。しかし、今考えてもお袋自身が見てもいない映画を「そんな下らない映画なんて見なくていいよ」と言い切るのは、子供に全然反論の余地を与えない凄い却下の仕方だとは思うが、昭和10年生まれの母親としては普通に子供の提言を拒否するセリフだったのだろう。もちろん恨んではいないけれども、今の僕にはできない凄い芸当だと思う。

とにかくそんなんで渋川テアトルというのは、本当は渋川のどこにあるのか知らなかったけれども
「憧れの聖地」になってしまった。ブッシュマンは終わってしまったろうし、見たい映画というものがその後あったわけではないので、寝ても覚めてもというわけではなかったけれどもチョクチョク僕の頭の片隅に出てくるものになってはいた。

時は過ぎて、小学校の5年生になったときに、休み時間に、ふっと「渋川テアトルいきてぇなぁ」と言ったことがあった。するとスカさず同級生から「太郎スケベだぁ」と言われてびっくりした。「何がスケベなんだよ!」というと同級生は笑って教えてくれない。だけれども僕が執拗に理由を聞くものだから笑いながら途切れ途切れにそいつは教えてくれた。
「ひひ、渋川テアトルの看板を、はは、見たことあるんか?」
「ねぇな」
「看板には女の裸があってな、へへ、その女のパイコハンには、へへ、赤い紐が蝶々結びで結んであるんだ, スケベ!!」
未だ純真だった僕は一気に顔が赤くなったのだけれども、どうしようもなかった。
ブッシュマンと女の裸は全然結びつかなかったけれども(よく考えれば両方とも裸だけれども)、
行ってはいけないところらしいということは分かった。

当時の僕が赤面するのは無理もないが、そんな看板の理由は全然大したことではないことだった。
あの時代は映画館は斜陽で、稼ぐとなると「日活ポルノ系」で夜に稼ぐしかなかったのだろう。昼間はブッシュマンなぞをやってはいても、それだけでは人口4万人の渋川市では映画館を支えるだけの文化的レベルがない。だから看板にはブッシュマンもあれば「パイコハン」もあったというわけ。

しかしパイコハン(「舞妓はん」と同じイントネーション)というのは、凄い言葉のセンスだと今でも思う。
そいつが思いついたのか、そいつの家族ではパイコハンといっていたのか分からないし、当時のテレビではそう言っていたのかもしれない。恐らく場面によって「乳房」だったり「乳首」だったりするのだろうけれども、その後僕は一度も「パイコハン」という言葉を聞いていない。

何はともあれ、そんなこんなで渋川テアトルというのは「崇高なる憧れの聖地」からは転げ落ちたけれども、小学校6年生の時にちょっとしたキッカケで行けることになった。6年生の担任の小島先生は僕をよく可愛がってくれたし、そのことはお袋もよく承知していて、小島先生に感謝していて尊敬もしていた。
その先生が授業の雑談のなかで、「ロンリー・ウェイ」という映画がとてもよかったという話をしてくれた。観に行ったらどうだという。そのときどういうわけか小島先生が渋川テアトルのチラシを持っていて、それを家に持って帰ってお袋に「小島先生も良い映画だと行っていたよ」と付け加えたら、
「行ってくればいいがね」
と、さも前から渋川テアトルに息子を行かせたかったみたいな返事をした。
あの時のお袋の豹変ぶりというのは、驚いただけで全く理解が出来なかったけれども、まぁ、今なら納得することではある。とにかく映画館に行く前の日や当日というのは、本当にわくわくした。小島先生効果なのか、僕がイマイチ場所を理解できないせいなのか、お袋が車で送ってくれるというVIPな待遇付で、映画館の入り口に車で横付けという、文章だけで説明すると本当に映画スターのような「映画館デビュー」となった。

渋川テアトルの前は一方通行の狭い一車線の道が一本通っていて,道の反対側は平沢川というドブ川みたいな川が流れている。入り口は引き戸で切符売り場は引き戸を入ってすぐに小さな机が置いてあってそこでおじさんが切符を売っているという感じだった。とにかく当時でも古い古い建物だった。
それから入ってすぐ左側は売店になっていて、カールだのジュースだのが売っていた。
そもそもいつ頃から置いてあるか分からないカールだったけどもそれを買って食べながら映画をみたいと思った。当時我が家は買い食いはしちゃいけないことになっていたので、お袋は余計にお金を持たせてくれたけれども買わずに映画館の重たい防音扉を開けて中に入った。
事前の情報によると、渋川テアトルは「便所の匂いがする」映画館ということだったがそんなことはなかった。客席がどれほどの数か分からないけど、結構広くて、舞台の奥にスクリーンが設置されていた。とても芝居ができるような舞台ではないので、やっぱり映画専用だったのだろうけど、だからといって舞台挨拶に俳優が来るようなところでもなかったから、ああいう造りが一時期流行ったのだろう。
すこしカビ臭かったのか、よく覚えてないけど独特の匂いがして、でも僕はとても好きになった。一番前の席で、その後の僕の指定席になるのだけれども、映画が始まるのを待った。

小島先生ご推奨の「ロンリーウェイ」は、東京オリンピック、1万メートルのアメリカ代表選手(ビリー・ミルズ)の苦労話だった。インディアンなので差別されて、スポンサーも付かないので、靴も借り物でオリンピックに出たなんていう話がそれなりに僕を感動させた。人種差別なんて下らないものはこの世からなくなるベキだと思ったのをはっきり覚えている。

同時上映は「風の谷のナウシカ」でこれもうんとよかった。
垂直尾翼もない、物理的に飛びそうもない飛行機(メーヴェ)に乗ってるナウシカがとても凛々しくて、ナウシカみたいな嫁さんが欲しいなと思っちゃったんだけど、今考えても大分マセていたな。「銀河鉄道999」のメーテルも好きだったけど、メーテルより身近に感じた。本当はどっちも全然身近でないけど。
お袋との約束通りに買い食いもしないで2本の映画を見て本当に満足して映画館を出た。
本当は「映画が終わったら迎えに行くから電話しなさい」って言われてたけども、感動を一人で噛みしめたくて、家までトボトボと1時間くらいかけて歩いて帰った。

僕があんまり映画が良かったって話をしたからなのか、一度許可して「ダメ」という根拠が薄れてしまったのか、その後お袋は渋川テアトルに僕が行くのをダメと言わなくなった。「パイコハン効果」で少年たちが寄り付かないのかとも思っていたが、案外同級生なんかも見かけたりしたから前述のパイコハンは、そいつだけが意識していただけなのかも知れない。
それから、とうとうパイコハンの看板は確認をしなかった。自分の中で何かがガシャンと崩れてしまう気がして、どうしてもその看板を見上げる気にはなれなかったのだが、乳首に蝶々結びのヒモという、恐らく一生目にすることのない、芸術なんだか単なるエロいんだかで意図の全く分からない構図の看板を見ておけばよかったと,今ではちょっぴりと後悔している。


あんなに渋川テアトルに行くなと言っていたお袋は、実は映画好きだったこともその後に分かった。ビクター・マチュァが好きだったの、モーリン・オハラの素敵なドレスがどうのだの、「石の花」という映画のエンディングがとてもよかっただのと随分雄弁で、「遅く生まれてきたお前には、ああいう良さは分からないだろう」といった感じで上から物をいうものだから、そりゃお袋より早く生まれることは出来ないけれど、いつか僕だって映画に詳しくなってやるんだと思っていた。

そんな決心をしたしばらく後だったかな、お袋が「昔は映画好きってのは朝から晩まで映画館に居て、ずっと映画を見ていたんだよ。お弁当なんか持っていってさ、何度も同じ映画をみるんさ」というのを聞いたとき、
「よし、そいつを俺もやってみよう」
という気になった。お袋は口ぶりから言って、そんなことをしたことが無いようだったから、僕がそんなことをやってみればお袋をちょっとでも超えられる様な気がした。

今の映画館は一本見終わると入れ替えがあって、劇場を追い出されてしまうけれども、当時の映画館というのは「視聴料」ではなく「入場料」を取るだけなので、確かに、一度入ってしまえば閉館するまで居座ることが出来た。

「ねぇ、今度の日曜日、渋川テアトルに行きたいんだけどさぁ、午前中から行って、夕飯前に帰ってこようと思うんだけど。お弁当作っておくれよ。」
「なんだい、随分と映画観るんだねぇ。まぁ、いいよ、行っといでぇね」
と、案外とんとん拍子に話が進んで丸一日映画館体験をすることになった。

なるべく長くいる方が映画通になれるんだという思い込みがあったから、
「明日は何時に行くんだい?」
とお袋に聞かれたとき、
「8時ころに着くように、7時半に出ようと思うんだけど」
と言った。当時は社会の仕組みなんて全く知らなかったもんだから、学校が始まる時分には世のなか全部が動いているのだろうと思い込んでいたので、僕にとっては普通の答えだったのだけれども、流石にお袋は驚いた。

「テアトルがそんなに早くからやってるんかい?早くても10時ころだと思うけど?」

本当に適切なアドバイスだったと今考えれば思う。でもヒネクレ小僧だった僕は、なんかお袋が僕の一日映画館体験を邪魔しているように思えた。なんとしてでも一本目の映画から最前列で見て一日を過ごす決心をしていた僕としては、10時というのは、根拠は一つもないのだけれども、本当に「遅すぎ」と思えた。
「テアトルに電話したらどうだい?もし早すぎたらどうするんだね」
とお袋が訪ねた。
「いいよ。待ってるから」
「待ってるったって、アンタ、どこでさ?」半笑いでお袋が訪ねてきた。
「テアトルの前で」
「馬鹿だね、雨でも降りゃ困るがね」
「テアトルにはヒサシがあるから平気だよ。」
ああいえばこういうで、ついにお袋が根負けして、さらにお袋からすれば朝食と弁当を一遍につくる決心をして、7時半に出かけるという予定が確定された。



日曜の朝7時は空気が澄んでいた。テアトルがある街の方面に自転車をこいでみて、これがいつもの渋川の街なのかというほど空気が澄んでいた。車道を自転車で走ってもあんまり車に会わないし、知っている店のシャッターがほとんど閉まっていた。雀の数が随分多いなとも思った。早くテアトルに着きたいから立ちこぎをしていたけども、さらに車道を広々と使えるので、予定より何分も早く着いた。
テアトルの前も、しんとしていた。引き戸のガラスから中をのぞいて見ても、いつも大した数の客がいないんだけど、客が少ないという感じではなくてヒトケが感じられなかった。要するにテアトルはお袋の予言通り、まだ、やってなかったのだ。

雨が降ったらどうするという心配はしなくていいくらい晴れていたけれども、テアトルのヒサシを見上げてみるとヒサシはあるにはあるが雨やどり出来るような代物ではなかった。本当に雨でも降ってたら、お袋に強がりを言ったのを本当に後悔したと思う。入り口の引き戸のわきには今日上映する映画のポスターが貼ってあって、手書きのタイムテーブルもあった。10時半がスタートだった。

僕は弁当を抱えたまま、テアトルの入り口に座って、アスファルトの凸凹を見ながらボーとしていた。
それから、朝の優しい日差しが少しづつ強くなって行くのを観察して、いい加減眩しくなったから、今度はポスターを何度も見たりした。それから以前テアトルで見た映画を思い出したりした時だった、一時間くらい経ったころだと思うけれども、テアトルの引き戸がジャラジャラと音を立てて開かれた。

中から出てきたオジサンは、僕と目を合わせてびっくりして訪ねてきた。
「ボク、どうしたんだい?」
「映画観にきました」
「えっ?まだ9時だよ。10時半からだけど」
「うん、待ってる」
「そんな所に座ってないで中に入る?」
「別にいい。待ってる」
「そうかい。じゃ、もう少し待っててね」
といった会話があって、オジサンは箒で掃除を始めた。
僕はきれいになって行く入り口のコンクリートの床を焦点が定まらない目でみていた。
汚いとか臭いとか悪口を言われていたテアトルだったけれどもちゃんと掃除をしていたんだなと感心した。
そのうち入り口付近の掃除も終わって、おじさんはまた、引き戸をしめて中に入っていなくなってしまった。中に入れてくれるんなら入れてもらえば良かったなぁ、と思ったけども映画館の外で一心に映画が始まるのを待っている自分も大いに気に入っていたので、まぁ、いいかなとも思った。

しばらくすると、またまたジャラジャラジャラと引き戸が開いて、さっきのオジサンが僕に声をかけた。
「ボク、中にお入りよ。いいもん見せてやるから」
言われるままに開館前のテアトルに入った。
「その机に荷物置いて、こっちだよ」
テアトルは引き戸をくぐると、いつもは左に行くのだが右の方でオジサンが呼んでいる。
何か暗そうでちょっと怖かったけど「いいもん」が何なのか興味があって行ってみた。するとオジサンは手招きしながら、急な階段をコツコツと上がってゆく。木で出来た本当に急な階段で手すりなんかないから、おっかなびっくりで、ゆっくりとオジサンを追いかけた。

登り切るとそこはちょっと暗くて目が慣れるまでしばらくかかった。
目が慣れるとオジサンがさらに奥に立ってるのが分かったので行ってみると大きな機械が目に入った。
「カメラだ!」と僕は叫んだ。
「カメラじゃなくて映写機っていうんだよ。カメラは映画を撮る方で、こっちは映す方だ」
というオジサンの説明があった。

僕は探検をして宝物を見つけたようなドキドキな感覚で映写機というものを見ていた。映写機のある部屋は、ほこりっぽくて狭かった。道路に面した隙間の様に小さな窓はテアトルの看板、パイコハン看板の上あたりに位置すると思われた。向こうから見えないだろう窓から、平沢川や道路を見下ろすと秘密基地からあたりを伺っているようで、少年の僕の心はムンズリとこの部屋に掴まれてしまった。

オジサンは得意になって映写機の話をしてくれた。当時の僕には映写機の仕組みを完全に理解することは出来なかったのだけれども、中に電球が入っていて、その前をフィルムが通ると、前方のスクリーンに映画が映し出されるということは理解ができた。
「この電球って凄く明るいの?」
と当たり前のことだけど聞いて見た。
「凄いよ、ほら」
といってオジサンは僕の期待通りにスイッチを入れて、電球を光らせてくれた。
「すげぇ」
「そうだろう?昔はこの電球が熱くて映画が燃えちゃったんだよ」
「え?燃えちゃうの?火事になっちゃう。」
「だから一所懸命消すんさ。」といいながらオジサンは笑った。
「へー。あれ、これなんだろう?」
といって僕は映写機から上に伸びているハコを積み上げたようなものを指差した。
「これは、煙突だよ。外につながっているんだ。これがないと困るんだよ」
「煙突?市民会館のやつにも煙突が付いてるの?テアトルのが古いから?」
「はは、煙突が付いてない映写機なんてないよ。どこのにもある。市民会館のと同じさ」
オジサンはやっぱり得意気だった。最新の機械と遜色ないという自慢というより渋川テアトルという映画館自体を誇りに思ってるみたいに見えた。煙突の正体は、今考えてみれば、電球で発生した熱を逃がすための排気ダクトだったと分かるけれども、煙突なんて言われると映写機が蒸気機関車みたいな動力で動いていることを想像してしまって、途端に謎があふれる機械に見えてきて、これを操作するオジサンがとても格好良くみえてきた。

そのあと、映画のフィルムは一本では済まないから、リールを取り替えなければならない。
取り替えている間に映画をお休みするわけにはいかないから映写機が二台あって、かわりばんこに映しているのだ、なんて話を聞いてうんと感動した。2台の映写機の間にある小窓から映画館の中を上から覗いてみると、いつもの僕の指定席まではっきり見えた。「どうだい?満足したかい?」おじさんの一言に僕は「はい」と素直に応えられた。

その日観た映画は全然覚えていない。ただ、チョクチョクと後方の映写室の方を見上げて「今は右のやつが映してるんだな」、「左のに変わった」、「あ、今オジサンがあの小窓から映画を見ていた」なんて楽しんだのは覚えている。

友達の中にはテアトルを馬鹿にする奴もいた。
「テアトルでやる映画は何箇所もカットされてるんだ。たまに何も映らなくなるだろう。あそこがカットされたところだ」と知ったかぶっていた。それは映写機の交代に僅か手間取っただけで、カットなんかでは無いことを僕は知っていた。だって、映写機の仕組みを見せてもらったから。だからそいつに説明してやっても良かったけど、黙っていた。


中学生になってからも何回かテアトルには通った。持ち込んだジュースを売店のおばあさんに見つかって、怒られるのかと思ったら、「映画が始まるまで冷やしておいてあげるよ」なんて言われたのもいい思い出だ。今だったらお礼にひとつくらいお菓子でも買うのに、あの時は買えなかった。

いつだったかなぁ、テアトルが無くなったのは。どうしても思い出せない。
「客が持ち込んだジュースなんか冷やしてるからつぶれちゃったんだよ」なんて面白可笑しく友達には
話をしていたけども、本当は寂しかった。今、平成の世、映画館の裏側の映写室を、どこのどいつか分からないガキンチョに見せてくれるなんてことは、まずないだろう。持ち込みのジュースを冷やしてくれる売店の売り子なんて絶対いないだろう。昭和の呑気な時代だからありうる出来事・経験だと思っている。

おかげで僕は映画がその後もますます好きになって、あのボロいテアトルにふさわしい白黒映画を、
レンタルビデオだけれども、よくみるようになった。憧れのバーグマンとも、レンタルビデオだったけど、初対面を果たせたが、できれば昔の恋人であるボガードを見つめながら流す彼女の美しい涙を、渋川テアトルの銀幕で見てみたかったと思う。

昭和の時代とともに平沢川の脇に静かに生きていた渋川テアトルから何をもらったのかは、弱冠39歳の現在の僕では、うまく言葉に出来ない。無理に言葉にすると、何か足りないようで、言葉を補うと嘘が混ざる気がする。
でも、僕の体の一部に、しかも重要な一部になっている気がする。もう少し歳をとってみるとちゃんと説明が出来るのかもしれないので未来の僕に期待しながら、大事な思い出として取っておこうと思っている。




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2015年度の猟期終わりました~祝!無事故・無検挙~

2016.02.18 18:32|猟と獲物のお料理の話
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は~い!!

元女子高生とハンターのみなさ~ん!!

悲報です!!

猟期が終わってしまいました~


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猪や鹿などの駆除や一部の地域の四足などを除き、2月15日をもって猟期が終わってしまいました。たった三カ月の間でしたが今年も幸せな猟期をおくらせてもらいました。去年に比べて実家の用事などがあり出猟回数は少な目で29回、捕獲狩猟鳥獣は合計58でした。去年の出猟回数は43回、捕獲狩猟鳥獣が96ですからまぁ、こんなものかなとも思います。もっとも後述しますが数は記録だけであって、この多少にこだわっているわけではありません。猟期中はなんだかんだと多忙であったため、狩りについて多くは記事がアップできませんでしたが、おいおいやって行こうかと。3月初頭まで忙しいので今後のアップはゆっくりとなりそうです。

実際の僕の猟の終わりの日は2月14日でこの日は強風で雨。鴨が海から上がってくるのを待ってました。3人で撃って一羽とれてこれはこれでハッピー。鳩を一羽落として、最後の一時間くらいでタシギ撃ちをしました。そんでたったの

最後のタシギ20160218

一羽

だけでした。風が吹いているとものすごく撃ちやすいのですが、如何せんこの日は思った以上の強風。風上に向かって飛ぶタシギはまるで止まっているような感じ。いつもの調子で撃つのですが全然当たりません。実は鉄砲の弾も随分と風に流されてるみたいで思いっきり前を狙ったらやっとこの一羽が落ちました。これも狩りの楽しみですね。まだ日没まで時間があったのですが、最後当たって終わりにするのがいいかなとここで終猟。気分がとてもよく終れました。

さようならと言えば、師匠からもらった上下二連銃

SKB20160218

SKB

は今年で最後にします。来季は違う銃が到着する予定です。この銃は一年でしたがとても可愛い銃でした。上下二連でチョークが変えられる所謂実猟銃で、師匠が鉄砲のグリップと先台をごしごし削った御蔭で凄い軽い。一日猟をやっても、鉄砲が重くてつらいと思ったことはありません。タシギをよくこれで追いかけました。来季はお仲間に譲渡する予定です。

さて、猟期終わりのお食事は、師匠からもらった雉です。とても熟成がうまくいって柔らかかったので、

雉脚パイ包み20160218


モモ肉のパイ包み焼き


を作りました。塩だけ、スパイス無しで雉の香りを楽しみました。太い骨は抜いてあります。そんで胸肉は

キジ胸20160218


ヤマドリダケモドキのソース

で頂きました。雉はそのままの香りを楽しむもよし、強いソースにあわせるもよしでとても美味しい食材です。今年は雉の偉大さに気づいた年でもありましたね。以下、退屈な文章ですが思うところを来年、再来年のために書いておこうと思います。

~猟期後記~

なんにしろまだ3年生なので、猟をするたび、獲物を料理するたびに発見の連続です。上述したタシギを強風のとき撃つコツも、雉のおいしさに気付いたのも発見でした。射手として初めて猪を見たのですが、外したのになんですけど鹿の方が難しいというのも納得できました。それから僕は去年までトロフィーハンターの気持ちが全く分かりませんでした。大きい角を持つ鹿を倒して角で飾りを作るとか、鳥を剥製にするとか。だけど、動物を手にするたびにその美しさに感動し、彼らの気持ちがちょっと分かるようになってきたんですよ。自分がトロフィーハンターになろうとは思わないのですがね。頂いた命は大切にしたいから食べる、なんて言ってましたが考えてみると胃袋の要求を満たすか目の要求を満たすかの違いといえばそれまで。トロフィーハンターだって獲物に対してありがたいと思う人もいるし、食べるのが目的の人でも何も思わず撃つひともいます。僕等からみたらトロフィーハンターはお肉を無駄にしてますが、彼らから見たら僕等は角を無駄にしているのでしょう。動物を殺すという業は何を言っても逃れられませんし軽くなることもないでしょうから、楽しいと思ううちは自然に感謝しながらも面倒くさい理屈を抜きに猟を楽しもうと思うようになりました。

それと関連しますが、お肉にも、鉄砲の腕などというものにもこだわりがなくなりました。お肉なんて楽しい猟をしてその余韻をカミさんと楽しむだけがあれば十分です(まぁ、鳩とタシギは結構多めにあってもいいかな(笑))。また、沢山獲れると腕がいいとかいうのもどうでもよくなりました。猟に腕なんてあるんでしょうかね。もちろん鉄砲が獲物に当たるのはとても素敵なことですが、狙っても当たらないときもあれば狙わなくても当たるときもあります。腕を競うという代物でもないと思います。以前、獲れる鳥の数の多さでカケをしようと言われたことがありました。僕はそんなのが嫌いで一度断ったのですが、何度か誘うので「僕がその人の半分とれたら僕の勝ち」という条件を出したら先方がその条件を飲んででもカケをするということになりました。まぁ、つまり「お前は俺の半分獲れないだろう、そんだけの腕の差があるんだ」と言われた様に感じたわけで、カチンと来て必死に猟をしたことがありました。あのときは腕の差をバカにされたのがとても悔しかったのですが、そんな当時の僕はあまりにも馬鹿でしたね。今の僕なら「とても貴方の腕にはかないませんから最初から降参です。楽しく猟をしたいです」と言えると思います。これも成長だと思いますよ。

僕だけではなくカミさんも色々と発見した年でした。とうとうカミさんはジビエのためだけにレストランに行くことには興味がなくなりました。タシギも野兎も鳩も鴨も、もちろんなんとかすればレストランで食べられるでしょうがそんな目くじらたててレストランを探す必要もないと感じたみたいです。野兎はこの先、何年も食べられないかもしれませんがレストランに問い合わせをして食べに行かなくても十分楽しい思い出と共に野兎は僕らの舌に記憶されています。「聞くそばからすぐ忘れてしまう能書きに感心して料理や素材の自慢っぽい話を聞きながら食べるジビエ料理もたまにはいいが、それでも私にとって自分の夫が猟に出かけて持ち帰った獲物以上の楽しいストーリーをレストランが用意しているとは思えないし、そもそもおうちの料理も十分おいしい」とのこと。まぁ、猟と料理をしている僕としては嬉しい限りですよ。

何か趣味を一生懸命する、必死に遊ぶ、それは素晴らしいことなんですね。カミさんも僕もこの3年間で大きく変わりました。きっと来年も僕等を成長させてくれる猟期が待っていると信じて10月まで十分な準備をしようと思います。


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鹿の内臓料理~心臓と腎臓を~

2016.02.12 09:54|猟と獲物のお料理の話
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今日は内臓料理、真剣にやってみました~

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最近は我々の四足猟隊はよく鹿がとれていて、なかなか沢山のお肉が我が家にやってきています。そうなると、たまにしか猟に参加できない方にはロースやモモなどを多く持ち帰ってもらって代わりに僕は内臓をもらってきます。内臓はちぬきが結構大事で、血が固まってしまう前になんとか血を内臓の外に出そうと、猟場でもなるべく水につけ、帰って来たらすぐ血抜きをします。今日使ったのは、

心臓と腎臓20150212

心臓と腎臓です。

心臓の方はもう一人欲しい方がいたので半分こ、腎臓は両方もらってきました。2日ほど流水で血抜きをする人もいますが、僕はなるべくフレッシュな状態で、しかも生に近い状態で食べたいので血を強制的に揉んで出しました。大きな血管から血が抜けるように丁寧にしかも優しくもんで行きます。もちろん疲れたら水に放っておきますが、揉んだり休んだりしておよそ2時間ほどでこんな風にいい感じで血が抜けた感じになりました。腎臓は半分に切らなくても良かったのですが、酔っぱらいながら盛り付けるときに大きな血管を綺麗に捌く自信がなくなったのであらかじめ取っておきました。

心臓のロースト201501212

心臓は芯温をあげ過ぎないようにして優しく火を通します。形がゴトゴトしてるので、フライパンで丁寧に焼く、しかも酔っぱらいながらするのは大変です。あったかいところでゆっくり温度を下げると実にいい感じで柔らかく、しかもいい感じの歯ごたえが残ります。旨みが多いものではないのでシンプルにわさび醤油で頂きました。鹿のよい香りものこりましたから、この料理方法はお気に入りです。

腎臓の方ですが、こちらも火をギリギリに通すことを考えました。香りが気にならないか?って思うかもしれませんねぇ。何にしろ腎臓ですから。その先にゆくと.....になるわけですからね。でもそこまで強い香りはしませんが、独特の香りがします。ブランデーでフランベして、焦がしたチップと一緒に休ませて瞬間燻製にしました。

腎臓のロースト20150212

付け合わせはバターと胡椒で香りをつけたインゲンです。ディジョンマスタードを添えてみましたがこれも合うと思いますよ。歯応えはちょっと残しますが、舌の上を優しくなでるような柔らかさは残すのがコツだと思います。

自然のものを余すところなく頂くのはもちろんハンターの希望ですが、実際はそうはいきません。鹿の胃袋を食べるお話は聞いたこともありませんし、実際お腹をさばいてみても食べる気になりません。腸もそうです。せめて持ち帰ることができる部位は美味しく食べたいものですね。


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復活!!STAP菜房~うさぎのスープでSTAPふたたび~

2016.02.07 19:04|猟と獲物のお料理の話
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あんまり知られていない企画

STAP菜房が今日復活です

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以前、(S)さっと、(T)楽しい、(A)アルデンテの、(P)パスタの頭文字をとってSTAP菜房というブログを立ち上げようと思っていた(経緯については次をポチリ→STAP菜房(ボツネタをもう一度))。もう知らない人の方が多いと思うが僕自身はブログを「お料理ブログ」として始めたのだが人気が出ず中止せざるをえなくなった。しかし、一度の失敗で夢を諦めるほど主夫太郎は淡泊ではない。全力で練り上げたお料理ブログ「STAP菜房」で一気に人気お料理ブロガーの頂点に立とうという目論見だったのだが、当時日本中がお祝い気分の大騒ぎとなったSTAP細胞にあやかって安易に付けた名前に結局足元をすくわれてしまった。

人気ブロガーになりシュークリームにマンゴージャムを加えただけのような商品開発で小遣いを稼ぎ、テレビに出てそこそこ有名になったらきっと自分のアイデンティティーを取り戻したろう。アイデンティティーを取り戻せれば、「私以外は私じゃないの」と思え、人生で全くモテなかったこの僕が自信がでてきてハーフの女の子と不倫でもしてたかもしれない。もちろん小保方晴子さんにはきっと感謝して、Lineで不倫相手と~ありがとう晴子!ファイン・チャイルド!!~とやりとりしていたかもしれない。

しかし、あのSTAP細胞の論文ねつ造事件があまりにもひどいことになり、まるで僕の企画はあの死者までだした事件を茶化すものになってしまう可能性があったので自粛せざるを得なくなった。関係者が口と心を閉ざすなか僕がなにかSTAPの名を借りて発信し続けるわけに行くまい。そう、関係者が沈黙を守っているのだから。

と、思ったら.....


小保方晴子元研究ユニットリーダー先生がまさかの手記を発表!!その本のタイトルは

あの日

え!あんだけ長く続いた事件の一体どの日?????と思ったのは一瞬だけで、僕としては「騒動の張本人、一番そっとしておいて欲しいであろう小保方晴子元研究ユニットリーダー先生が本書いてるんだから、僕のブログも復活させてもいいよね~」ということで、ついに今日宣言することにしました。

STAP菜房復活!!

いえ~い!!あはははははは。ということで復活祭はもちろんさっと楽しいアルデンテのパスタのレシピを大公開です。一か所だけ難しいところがありますがそこさえクリアしてしまえば、あとはさっと楽しいパスタを頂けます。以下、レシピです~。


1.野兎を獲り内臓を出し、皮を剥いたあと精肉してガラとお肉に分ける。

ウサギの出汁20160201

2.野兎のガラ、ニンニク、塩で野兎のスープを取る。

3.枝豆を茹でる。

4.フライパンに油を敷き、ニンニクと唐辛子で香りを着ける。

5.ニンニクと唐辛子を取り除く

6.香り着けされた油に野兎のスープを入れ乳化させソースを作る。

7.パスタをアルデンテに茹でる。ゆで時間残り一分になったら菜の花をいれる。

8.よくパスタのお湯を切り、菜の花と一緒に6のソースにいれ、最後に茹でた枝豆をいれソースと和える

ということで

ウサギのパスタ20160201


菜の花と枝豆のウサギ味のパスタ

出来上がりです。やっぱり問題は味ですよね。カミさんは僕の作ったご飯は必ず美味しいと言いますが、その顔で美味しいか美味しくないか判断できます。美味しいときはとても明るくて、まるで陽の光が差したようになり、逆に美味しくないときは表情に陰がでます。流石にウサギというのを初めて扱いますから心配で、ずっとカミさんの顔をみていました。一口食べた時、カミさんの動きがピタリととまります。このときは緊張の一瞬!果たして美味しいか美味しくないか?表情が明るく陽がさしたようになるのか陰がでるのか?陽か陰か、陰か陽か???するとカミさんの顔がかわりました。

陽性かくにん!よかった


あははははははは。かなり気に入ったみたいですよ。しかもまた作って欲しいとのこと。出汁がまだ残っているからあと2回くらいつくれることを言ったら、

200回くらい作って欲しい

とのこと。ん~200回は流石に無理なんではないかと。まぁ、こんな感じでお料理しましたが、今後も、

STAP菜房は、あります!

あはははははははは。




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ウサギの解体と小さな部位~ウサギのお料理1~

2016.02.04 18:52|猟と獲物のお料理の話
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今日はウサギの解体です。

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師匠の撃ったウサギの内臓を抜き、おうちにもってきましたが何にしろ初めてのこと。物凄く大事な獲物ですから、ゆっくりゆっくり皮を剥きます。

ウサギ皮むき20160203

なるべく毛がお肉につかないようにします。一度お肉に毛がつくととるのは大変ですからねぇ。剥いた後はタオルでくるんで24時間冷蔵庫で保存。


皮剥きウサギ20160201

いい感じで乾いたので解体します。解体したあとしばらく熟成させますが、皮を剥いているので真空パックにいれますよ。真空パックに入れて水がでたらまたタオルでよく拭いてまた真空パックをします。今日はその前の解体を記録しますね。毛皮はどうしようか思案中。塩漬けにはしてありますぞ。

前足とって20160201

前足は結構簡単にとれます。筋肉と筋肉の間に包丁を入れるとスッととれます。後ろ足は股関節に包丁をいれて丁寧にとります。解体してみると包丁は入れるべきところにしか入れられません。

内ロース20160201

ちょっと変色してしまってますが(全然肉質には影響はないですが)縦に走っているのが「内ロース」、お馴染みのことばで言えばヒレになります。もうこの解体しているときから甘い匂いがします。決して悪い香りではないですよ。

内ロース解体20160201

内ロースとりました!

ガマンできないのでこれはすぐ頂くつもりでいました。

完全解体20160201

完全解体!!

とは言ってみたものの、アバラ骨はくっついてます。調理するときにとろうと思います。解体した日は、

腎臓と心臓20160201

腎臓と心臓


を頂きました。いや~美味しかったですねぇ。それと、

鴨のささみとウサギのヒレ20160201

ウサギの内ロースと鴨のささみ

で乾杯です!!真ん中の3つに分かれている2本がウサギのヒレ、外側のが鴨のささみです。珍味ってんじゃなくて本当に美味しいお肉でした。よく鶏肉に似てるっていいますが、それは飼いウサギを食べた時思いました。でも、飼いウサギと野兎は全く違います。色も濃い赤ですし風味も違いますね。いや~ここまで同じウサギでも違うとは思いませんでした。今後のお料理が凄く楽しみです。3つくらいの異なるお料理にしたいなぁって思います。とにかく甘い香り。生でも焼いても甘い香りは変わりません。ものすごい臭いジビエという噂でしたが全くそんなことないですぞ。さて、どんなお料理になるかお楽しみにねぇ~。


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フレッシュなヤマシギを

2016.02.01 10:15|猟と獲物のお料理の話
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今日はベキャッス、フランスでは獲れない鳥のお話


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日本ではそれほど珍重されないのですが、ジビエの中でも高級食材の一つとして知る人ぞ知るヤマシギ。フランス語ではベキャッスといいます。現在日本で購入するとするとスコットランド産のものが殆どだと思いますがどうしてスコットランドに輸出するほど沢山のヤマシギがいるのか僕には分かりません。少なくても僕は猟期中にほんの何度かみるだけで今年はまだ飛んでいるヤマシギを見ていません。今回は師匠が落として下さったヤマシギをありがたくお料理することにしました。レストランでもそんなにお目にかかることが出来ない食材ですから流石に緊張しました。ちなみにフランスでは狩猟が禁止されている鳥です。タシギとよく似てますが大きさが違いますよ。

ヤマシギとタシギ20160131

ヤマシギとタシギの大きさ比べ

です。ちなみにもっとまじめに毛剥きはします。思いついて比べてみようと思い途中で写真をとったので毛剥きがいい加減そうにみえるだけです。重さを量れば良かったのだろうけども量り忘れました。重さの差はよく分かりませんが、大きさの差は思ったほどなかったです。タシギが案外大きかったってのが感想です。おなかの色は全然違いますがそれ以外はよく似た外見の鳥さんです。

ヤマシギの胃20160131

なかなかヤマシギの胃袋に食べ物が入っているのを見た事がなかったのですが、今回胃袋には虫が沢山入ってました。ヤマシギは夜行性なので昼間に猟をしたものはおなかが空っぽなのかと今まで思ってましたが、このヤマシギ君は時間外労働のため食事を昼間に摂ったのかな?全く消化されていませんでした。ミミズなんかを食べてるって聞いていたのですが、虫も食べる様です。

ヤマシギ解体20160131

こうやって捌いてみるとちょうどキジバトくらいの大きさの気もします。公園でみるドバトより一回り小さい感じですね。熟成が浅めだったので香りはそれほど強くはなかった分、お肉のハリはよく、明るい色でした。

ヤマシギリンゴソース20160131

リンゴジュースとヤマシギの出汁のソース

で頂きました。ちょっと肝臓の状態があまりよくなかったので、一番のご馳走のところは使いませんでしたがそれでも実に濃い味のお肉でしたね。多分もっと火入れが浅くてもいいと思うな。まだ二羽あるからそっちではもう少し思い切って浅く入れようと思います。去年もそんなこと言ってたかな。このくらいの大きさだと多分1分あるかないかくらいの時間の調整だからお酒飲みながらはちょっと大変だけどさ。

ヤマシギモモ20160131

モモ肉のコンフィ

はちょっと味が乗ってない感じ。もっとバリッと塩をきかせてもよかったかなぁ。熟成がやっぱり浅いか......倍くらい、ひと月やってみたい気もしますねぇ。まだまだ勉強です。勉強できるくらい自分でも沢山獲れればいいのだろうけども、こればかりは自然の恵み。貴重な鳥だから何年もかけて学べばいいと思います。今後のための記録的な記事になりました。

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