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主夫太郎2

Author:主夫太郎2
現在専業主夫です!
漁と猟の両方を楽しんでカミさんに栄養を供給するつもりでいます。以前お料理ブログをやってましたが不評だったので猟関係を交えながら僕の日常をレポートします。

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主夫太郎アーカイブス~渋川テアトル~

2016.02.25 15:08|雑文
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は~い!!

元女子高生のみなさ~ん!!

最近諸々の事情で忙しいので、

今回は主夫太郎アーカイブスです。

映画のお話です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

以前の全く人気の無い僕のブログ「隠居な男の主夫ブログ」からのお引越し記事です。映画が若いころとても好きで随分と古い映画をビデオで見ていたのだけども、そんな切っ掛けになった小学生のころのお話です。結構古い記事だから、今の読者さんは殆どの方が読んでないと思います。お暇な時にでも。

~~~~~~~~~~~~~~~~

渋川テアトル

小学校の低学年という大昔の出来ごとであるにもかかわらず、映画というものに興味をもった瞬間というのを今でも鮮明に覚えている。お袋と兄貴が女優について話をしていた。
「ヘップバーンは可愛いいな」
と兄貴が言うと、すかさずお袋が
「バーグマンもいいよ。悪く言う人いないよ」
という程度の話だったけれども、男だか女だか想像さえつかない外人の名前が(そりゃ苗字だからねぇ)いかにも常識のように語られているのが随分と大人の匂いがして、うんと憧れてしまった。それにバーグマンという響きがとても気に入ったのもあって、ヘップバーンよりもバーグマンにその後憧れるようになる。
映画館に行くのは、この会話を聞いたずっと後だけれども、これが映画との出会いと言っていいと思う。

うんと興味を持ったものの、インターネットも何もない時代で、自分のお小遣いもない頃だから本を買うという発想もないので、バーグマンやヘップバーンがどんなものか全く分からなかった。

とにかく映画を見てると出てくるらしいので、その後は映画というものには敏感になって、土曜のお昼過ぎにテレビ東京(当時は東京12チャンネル)でやってる映画を、本当は退屈な映画もあったけれども、バーグマンやらヘップバーンが出てくるのを楽しみになるべく見るようにしていた。果たして映画に出ている美人がバーグマンなのかどうかは僕には皆目解らないのだけれども、
「バーグマンは品があるよぅ、こんなんじゃないよ」
なんて、たまに一緒に見るお袋が言うものだから、大抵品が無い奴はバーグマンでないと断言ができた。
しばらくするとバーグマンなんてものは、滅多に出てこないのだと子供心に分かったのだけれども、それでも食い入る様に見ていたおかげで、番組の最後に映画の役名と女優とアテレコの声優の名前がテロップで紹介されていることに気付いた。ほんの一瞬しか出ないので、アテレコの声優の名前に気を取られてはいけないし、役名を見ているうちに消えてしまうので全神経を集中してテロップを「映像として」記憶するように努力していた。

慣れてくると結構読み取れるもので、
「今日もバーグマンではなかった」
などと言ってがっかりした日もあれば、バーグマンではないけれどもカッコイイ俳優の名前や美人の女優の名前を覚えたりして、独り言みたいに名前を繰り返し言ってみたりして楽しんでいた。キャンディス・バーゲンなんて一回しか見てないけど、何度も口にしたから、名前だけは覚えている。

そもそも「映画」の定義を知らなかった。ドラマみたいに毎週見るものではなく、一回コッキリの番組という認識だったけれども、どうも映画館という所で最初は見ることが出来て、そのあとテレビで放送されるという仕組みであることは、しばらくすると子供にも理解が出来た。
また、テレビは一回見逃すといつ見られるか分からないけれども、映画館はしばらくやっているということも、何処で知ったのか、多分友達から聞いたのだろうな、理解するようになって、そうなると全くもって自然の成り行きで映画というものを映画館というところで見たくなった。

お袋に聞いてみると渋川(僕が育った群馬の田舎)にも一軒だけ「渋川テアトル」という映画館がある。
そこに連れていけというと、「あんなところに行くもんじゃない」とか「何の映画をみるんだ」とかそんなことばかり言って一向に連れて行ってくれなかった。そんなおりだが、間がいいのか悪いのか、それとも渋川テアトルに行きたいという気持ちがとても強いから普段は気付かなかったものが気付くようになったのか、小学校の門の前で渋川テアトルの従業員がビラを配っているのに出くわした。そのビラを持って帰って「これが見たい」とお袋に直訴したのを覚えている。映画は「ブッシュマン」だった。
「そんな下らない映画なんて見なくていいよ」と言って却下されてしまったから、矢張り見に行けなかったけれども、そのせいか、ブッシュマンのビラというのは今でもオボロゲながらだけれども覚えている。
コーラの空き瓶をアフリカの原住民の子供が覗いていて、やっぱりアフリカの原住民である主人公のニカウさんが弓を持って立っている。そんな写真だったと思う。しかし、今考えてもお袋自身が見てもいない映画を「そんな下らない映画なんて見なくていいよ」と言い切るのは、子供に全然反論の余地を与えない凄い却下の仕方だとは思うが、昭和10年生まれの母親としては普通に子供の提言を拒否するセリフだったのだろう。もちろん恨んではいないけれども、今の僕にはできない凄い芸当だと思う。

とにかくそんなんで渋川テアトルというのは、本当は渋川のどこにあるのか知らなかったけれども
「憧れの聖地」になってしまった。ブッシュマンは終わってしまったろうし、見たい映画というものがその後あったわけではないので、寝ても覚めてもというわけではなかったけれどもチョクチョク僕の頭の片隅に出てくるものになってはいた。

時は過ぎて、小学校の5年生になったときに、休み時間に、ふっと「渋川テアトルいきてぇなぁ」と言ったことがあった。するとスカさず同級生から「太郎スケベだぁ」と言われてびっくりした。「何がスケベなんだよ!」というと同級生は笑って教えてくれない。だけれども僕が執拗に理由を聞くものだから笑いながら途切れ途切れにそいつは教えてくれた。
「ひひ、渋川テアトルの看板を、はは、見たことあるんか?」
「ねぇな」
「看板には女の裸があってな、へへ、その女のパイコハンには、へへ、赤い紐が蝶々結びで結んであるんだ, スケベ!!」
未だ純真だった僕は一気に顔が赤くなったのだけれども、どうしようもなかった。
ブッシュマンと女の裸は全然結びつかなかったけれども(よく考えれば両方とも裸だけれども)、
行ってはいけないところらしいということは分かった。

当時の僕が赤面するのは無理もないが、そんな看板の理由は全然大したことではないことだった。
あの時代は映画館は斜陽で、稼ぐとなると「日活ポルノ系」で夜に稼ぐしかなかったのだろう。昼間はブッシュマンなぞをやってはいても、それだけでは人口4万人の渋川市では映画館を支えるだけの文化的レベルがない。だから看板にはブッシュマンもあれば「パイコハン」もあったというわけ。

しかしパイコハン(「舞妓はん」と同じイントネーション)というのは、凄い言葉のセンスだと今でも思う。
そいつが思いついたのか、そいつの家族ではパイコハンといっていたのか分からないし、当時のテレビではそう言っていたのかもしれない。恐らく場面によって「乳房」だったり「乳首」だったりするのだろうけれども、その後僕は一度も「パイコハン」という言葉を聞いていない。

何はともあれ、そんなこんなで渋川テアトルというのは「崇高なる憧れの聖地」からは転げ落ちたけれども、小学校6年生の時にちょっとしたキッカケで行けることになった。6年生の担任の小島先生は僕をよく可愛がってくれたし、そのことはお袋もよく承知していて、小島先生に感謝していて尊敬もしていた。
その先生が授業の雑談のなかで、「ロンリー・ウェイ」という映画がとてもよかったという話をしてくれた。観に行ったらどうだという。そのときどういうわけか小島先生が渋川テアトルのチラシを持っていて、それを家に持って帰ってお袋に「小島先生も良い映画だと行っていたよ」と付け加えたら、
「行ってくればいいがね」
と、さも前から渋川テアトルに息子を行かせたかったみたいな返事をした。
あの時のお袋の豹変ぶりというのは、驚いただけで全く理解が出来なかったけれども、まぁ、今なら納得することではある。とにかく映画館に行く前の日や当日というのは、本当にわくわくした。小島先生効果なのか、僕がイマイチ場所を理解できないせいなのか、お袋が車で送ってくれるというVIPな待遇付で、映画館の入り口に車で横付けという、文章だけで説明すると本当に映画スターのような「映画館デビュー」となった。

渋川テアトルの前は一方通行の狭い一車線の道が一本通っていて,道の反対側は平沢川というドブ川みたいな川が流れている。入り口は引き戸で切符売り場は引き戸を入ってすぐに小さな机が置いてあってそこでおじさんが切符を売っているという感じだった。とにかく当時でも古い古い建物だった。
それから入ってすぐ左側は売店になっていて、カールだのジュースだのが売っていた。
そもそもいつ頃から置いてあるか分からないカールだったけどもそれを買って食べながら映画をみたいと思った。当時我が家は買い食いはしちゃいけないことになっていたので、お袋は余計にお金を持たせてくれたけれども買わずに映画館の重たい防音扉を開けて中に入った。
事前の情報によると、渋川テアトルは「便所の匂いがする」映画館ということだったがそんなことはなかった。客席がどれほどの数か分からないけど、結構広くて、舞台の奥にスクリーンが設置されていた。とても芝居ができるような舞台ではないので、やっぱり映画専用だったのだろうけど、だからといって舞台挨拶に俳優が来るようなところでもなかったから、ああいう造りが一時期流行ったのだろう。
すこしカビ臭かったのか、よく覚えてないけど独特の匂いがして、でも僕はとても好きになった。一番前の席で、その後の僕の指定席になるのだけれども、映画が始まるのを待った。

小島先生ご推奨の「ロンリーウェイ」は、東京オリンピック、1万メートルのアメリカ代表選手(ビリー・ミルズ)の苦労話だった。インディアンなので差別されて、スポンサーも付かないので、靴も借り物でオリンピックに出たなんていう話がそれなりに僕を感動させた。人種差別なんて下らないものはこの世からなくなるベキだと思ったのをはっきり覚えている。

同時上映は「風の谷のナウシカ」でこれもうんとよかった。
垂直尾翼もない、物理的に飛びそうもない飛行機(メーヴェ)に乗ってるナウシカがとても凛々しくて、ナウシカみたいな嫁さんが欲しいなと思っちゃったんだけど、今考えても大分マセていたな。「銀河鉄道999」のメーテルも好きだったけど、メーテルより身近に感じた。本当はどっちも全然身近でないけど。
お袋との約束通りに買い食いもしないで2本の映画を見て本当に満足して映画館を出た。
本当は「映画が終わったら迎えに行くから電話しなさい」って言われてたけども、感動を一人で噛みしめたくて、家までトボトボと1時間くらいかけて歩いて帰った。

僕があんまり映画が良かったって話をしたからなのか、一度許可して「ダメ」という根拠が薄れてしまったのか、その後お袋は渋川テアトルに僕が行くのをダメと言わなくなった。「パイコハン効果」で少年たちが寄り付かないのかとも思っていたが、案外同級生なんかも見かけたりしたから前述のパイコハンは、そいつだけが意識していただけなのかも知れない。
それから、とうとうパイコハンの看板は確認をしなかった。自分の中で何かがガシャンと崩れてしまう気がして、どうしてもその看板を見上げる気にはなれなかったのだが、乳首に蝶々結びのヒモという、恐らく一生目にすることのない、芸術なんだか単なるエロいんだかで意図の全く分からない構図の看板を見ておけばよかったと,今ではちょっぴりと後悔している。


あんなに渋川テアトルに行くなと言っていたお袋は、実は映画好きだったこともその後に分かった。ビクター・マチュァが好きだったの、モーリン・オハラの素敵なドレスがどうのだの、「石の花」という映画のエンディングがとてもよかっただのと随分雄弁で、「遅く生まれてきたお前には、ああいう良さは分からないだろう」といった感じで上から物をいうものだから、そりゃお袋より早く生まれることは出来ないけれど、いつか僕だって映画に詳しくなってやるんだと思っていた。

そんな決心をしたしばらく後だったかな、お袋が「昔は映画好きってのは朝から晩まで映画館に居て、ずっと映画を見ていたんだよ。お弁当なんか持っていってさ、何度も同じ映画をみるんさ」というのを聞いたとき、
「よし、そいつを俺もやってみよう」
という気になった。お袋は口ぶりから言って、そんなことをしたことが無いようだったから、僕がそんなことをやってみればお袋をちょっとでも超えられる様な気がした。

今の映画館は一本見終わると入れ替えがあって、劇場を追い出されてしまうけれども、当時の映画館というのは「視聴料」ではなく「入場料」を取るだけなので、確かに、一度入ってしまえば閉館するまで居座ることが出来た。

「ねぇ、今度の日曜日、渋川テアトルに行きたいんだけどさぁ、午前中から行って、夕飯前に帰ってこようと思うんだけど。お弁当作っておくれよ。」
「なんだい、随分と映画観るんだねぇ。まぁ、いいよ、行っといでぇね」
と、案外とんとん拍子に話が進んで丸一日映画館体験をすることになった。

なるべく長くいる方が映画通になれるんだという思い込みがあったから、
「明日は何時に行くんだい?」
とお袋に聞かれたとき、
「8時ころに着くように、7時半に出ようと思うんだけど」
と言った。当時は社会の仕組みなんて全く知らなかったもんだから、学校が始まる時分には世のなか全部が動いているのだろうと思い込んでいたので、僕にとっては普通の答えだったのだけれども、流石にお袋は驚いた。

「テアトルがそんなに早くからやってるんかい?早くても10時ころだと思うけど?」

本当に適切なアドバイスだったと今考えれば思う。でもヒネクレ小僧だった僕は、なんかお袋が僕の一日映画館体験を邪魔しているように思えた。なんとしてでも一本目の映画から最前列で見て一日を過ごす決心をしていた僕としては、10時というのは、根拠は一つもないのだけれども、本当に「遅すぎ」と思えた。
「テアトルに電話したらどうだい?もし早すぎたらどうするんだね」
とお袋が訪ねた。
「いいよ。待ってるから」
「待ってるったって、アンタ、どこでさ?」半笑いでお袋が訪ねてきた。
「テアトルの前で」
「馬鹿だね、雨でも降りゃ困るがね」
「テアトルにはヒサシがあるから平気だよ。」
ああいえばこういうで、ついにお袋が根負けして、さらにお袋からすれば朝食と弁当を一遍につくる決心をして、7時半に出かけるという予定が確定された。



日曜の朝7時は空気が澄んでいた。テアトルがある街の方面に自転車をこいでみて、これがいつもの渋川の街なのかというほど空気が澄んでいた。車道を自転車で走ってもあんまり車に会わないし、知っている店のシャッターがほとんど閉まっていた。雀の数が随分多いなとも思った。早くテアトルに着きたいから立ちこぎをしていたけども、さらに車道を広々と使えるので、予定より何分も早く着いた。
テアトルの前も、しんとしていた。引き戸のガラスから中をのぞいて見ても、いつも大した数の客がいないんだけど、客が少ないという感じではなくてヒトケが感じられなかった。要するにテアトルはお袋の予言通り、まだ、やってなかったのだ。

雨が降ったらどうするという心配はしなくていいくらい晴れていたけれども、テアトルのヒサシを見上げてみるとヒサシはあるにはあるが雨やどり出来るような代物ではなかった。本当に雨でも降ってたら、お袋に強がりを言ったのを本当に後悔したと思う。入り口の引き戸のわきには今日上映する映画のポスターが貼ってあって、手書きのタイムテーブルもあった。10時半がスタートだった。

僕は弁当を抱えたまま、テアトルの入り口に座って、アスファルトの凸凹を見ながらボーとしていた。
それから、朝の優しい日差しが少しづつ強くなって行くのを観察して、いい加減眩しくなったから、今度はポスターを何度も見たりした。それから以前テアトルで見た映画を思い出したりした時だった、一時間くらい経ったころだと思うけれども、テアトルの引き戸がジャラジャラと音を立てて開かれた。

中から出てきたオジサンは、僕と目を合わせてびっくりして訪ねてきた。
「ボク、どうしたんだい?」
「映画観にきました」
「えっ?まだ9時だよ。10時半からだけど」
「うん、待ってる」
「そんな所に座ってないで中に入る?」
「別にいい。待ってる」
「そうかい。じゃ、もう少し待っててね」
といった会話があって、オジサンは箒で掃除を始めた。
僕はきれいになって行く入り口のコンクリートの床を焦点が定まらない目でみていた。
汚いとか臭いとか悪口を言われていたテアトルだったけれどもちゃんと掃除をしていたんだなと感心した。
そのうち入り口付近の掃除も終わって、おじさんはまた、引き戸をしめて中に入っていなくなってしまった。中に入れてくれるんなら入れてもらえば良かったなぁ、と思ったけども映画館の外で一心に映画が始まるのを待っている自分も大いに気に入っていたので、まぁ、いいかなとも思った。

しばらくすると、またまたジャラジャラジャラと引き戸が開いて、さっきのオジサンが僕に声をかけた。
「ボク、中にお入りよ。いいもん見せてやるから」
言われるままに開館前のテアトルに入った。
「その机に荷物置いて、こっちだよ」
テアトルは引き戸をくぐると、いつもは左に行くのだが右の方でオジサンが呼んでいる。
何か暗そうでちょっと怖かったけど「いいもん」が何なのか興味があって行ってみた。するとオジサンは手招きしながら、急な階段をコツコツと上がってゆく。木で出来た本当に急な階段で手すりなんかないから、おっかなびっくりで、ゆっくりとオジサンを追いかけた。

登り切るとそこはちょっと暗くて目が慣れるまでしばらくかかった。
目が慣れるとオジサンがさらに奥に立ってるのが分かったので行ってみると大きな機械が目に入った。
「カメラだ!」と僕は叫んだ。
「カメラじゃなくて映写機っていうんだよ。カメラは映画を撮る方で、こっちは映す方だ」
というオジサンの説明があった。

僕は探検をして宝物を見つけたようなドキドキな感覚で映写機というものを見ていた。映写機のある部屋は、ほこりっぽくて狭かった。道路に面した隙間の様に小さな窓はテアトルの看板、パイコハン看板の上あたりに位置すると思われた。向こうから見えないだろう窓から、平沢川や道路を見下ろすと秘密基地からあたりを伺っているようで、少年の僕の心はムンズリとこの部屋に掴まれてしまった。

オジサンは得意になって映写機の話をしてくれた。当時の僕には映写機の仕組みを完全に理解することは出来なかったのだけれども、中に電球が入っていて、その前をフィルムが通ると、前方のスクリーンに映画が映し出されるということは理解ができた。
「この電球って凄く明るいの?」
と当たり前のことだけど聞いて見た。
「凄いよ、ほら」
といってオジサンは僕の期待通りにスイッチを入れて、電球を光らせてくれた。
「すげぇ」
「そうだろう?昔はこの電球が熱くて映画が燃えちゃったんだよ」
「え?燃えちゃうの?火事になっちゃう。」
「だから一所懸命消すんさ。」といいながらオジサンは笑った。
「へー。あれ、これなんだろう?」
といって僕は映写機から上に伸びているハコを積み上げたようなものを指差した。
「これは、煙突だよ。外につながっているんだ。これがないと困るんだよ」
「煙突?市民会館のやつにも煙突が付いてるの?テアトルのが古いから?」
「はは、煙突が付いてない映写機なんてないよ。どこのにもある。市民会館のと同じさ」
オジサンはやっぱり得意気だった。最新の機械と遜色ないという自慢というより渋川テアトルという映画館自体を誇りに思ってるみたいに見えた。煙突の正体は、今考えてみれば、電球で発生した熱を逃がすための排気ダクトだったと分かるけれども、煙突なんて言われると映写機が蒸気機関車みたいな動力で動いていることを想像してしまって、途端に謎があふれる機械に見えてきて、これを操作するオジサンがとても格好良くみえてきた。

そのあと、映画のフィルムは一本では済まないから、リールを取り替えなければならない。
取り替えている間に映画をお休みするわけにはいかないから映写機が二台あって、かわりばんこに映しているのだ、なんて話を聞いてうんと感動した。2台の映写機の間にある小窓から映画館の中を上から覗いてみると、いつもの僕の指定席まではっきり見えた。「どうだい?満足したかい?」おじさんの一言に僕は「はい」と素直に応えられた。

その日観た映画は全然覚えていない。ただ、チョクチョクと後方の映写室の方を見上げて「今は右のやつが映してるんだな」、「左のに変わった」、「あ、今オジサンがあの小窓から映画を見ていた」なんて楽しんだのは覚えている。

友達の中にはテアトルを馬鹿にする奴もいた。
「テアトルでやる映画は何箇所もカットされてるんだ。たまに何も映らなくなるだろう。あそこがカットされたところだ」と知ったかぶっていた。それは映写機の交代に僅か手間取っただけで、カットなんかでは無いことを僕は知っていた。だって、映写機の仕組みを見せてもらったから。だからそいつに説明してやっても良かったけど、黙っていた。


中学生になってからも何回かテアトルには通った。持ち込んだジュースを売店のおばあさんに見つかって、怒られるのかと思ったら、「映画が始まるまで冷やしておいてあげるよ」なんて言われたのもいい思い出だ。今だったらお礼にひとつくらいお菓子でも買うのに、あの時は買えなかった。

いつだったかなぁ、テアトルが無くなったのは。どうしても思い出せない。
「客が持ち込んだジュースなんか冷やしてるからつぶれちゃったんだよ」なんて面白可笑しく友達には
話をしていたけども、本当は寂しかった。今、平成の世、映画館の裏側の映写室を、どこのどいつか分からないガキンチョに見せてくれるなんてことは、まずないだろう。持ち込みのジュースを冷やしてくれる売店の売り子なんて絶対いないだろう。昭和の呑気な時代だからありうる出来事・経験だと思っている。

おかげで僕は映画がその後もますます好きになって、あのボロいテアトルにふさわしい白黒映画を、
レンタルビデオだけれども、よくみるようになった。憧れのバーグマンとも、レンタルビデオだったけど、初対面を果たせたが、できれば昔の恋人であるボガードを見つめながら流す彼女の美しい涙を、渋川テアトルの銀幕で見てみたかったと思う。

昭和の時代とともに平沢川の脇に静かに生きていた渋川テアトルから何をもらったのかは、弱冠39歳の現在の僕では、うまく言葉に出来ない。無理に言葉にすると、何か足りないようで、言葉を補うと嘘が混ざる気がする。
でも、僕の体の一部に、しかも重要な一部になっている気がする。もう少し歳をとってみるとちゃんと説明が出来るのかもしれないので未来の僕に期待しながら、大事な思い出として取っておこうと思っている。




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コメント

No title

主夫太郎さん,今回はジビエの話じゃないのか〜と思いましたが,
昨日まで水上で仕事だったので,渋川はちょっと手前だなぁなんて
風景を思い浮かべながら,最後まで読ませていただきました.

いい思い出のお話ですね〜.そのお話自体が映画のようです.

Re: No title

ともぞうさん コメントありがとうございます。

> 主夫太郎さん,今回はジビエの話じゃないのか〜と思いましたが,
> 昨日まで水上で仕事だったので,渋川はちょっと手前だなぁなんて
> 風景を思い浮かべながら,最後まで読ませていただきました.


長文をお読みいただき有難うございました。
猟期が3か月だとなかなかネタが持ちませんからたまにこんな文章も書きます。
水上までお仕事でしたか。まだまだ寒かったのではないでしょうか。
高速道路やバイパスが出来るたびに渋川はさびれて行きます。

> いい思い出のお話ですね〜.そのお話自体が映画のようです.

ありがとうございます。思い出というのは誰でも綺麗に保存しておくものですが、
悲しいかなこの年齢になると忘れていってしまうので文章にしておきました。

No title

映画少年になりそうな体験ですね。
うちの近所にあった映画館は、高校の時になくなりました。
それ以降は、片道1時間以上かかるし、交通費が映画代と同じぐらい必要なので劇場で見ることが減りました。

パイコハン、初めて聞きました。多分その子の周辺だけの言葉かと。

こんばんはー(^∇^*)ノ゚・:*

懐かしの映画館!!!
映画見に行くのは一大イベントだった気がしますよ(笑)
初めて見たのは燃えよドラゴン(*≧m≦*)ププッ

あの頃は映画見に来る人とっても多かったですねー
パンフレット収集してる友達も結構いたり。

一日中見れてましたね!
とっても懐かしい~~~
歌もそうだけど映画も
その頃の思い出画像として
青春の一ページ刻んでます!!

しっかり覚えている主夫太郎さんは
尊敬しちゃいますよ~
私は、ぼやけちゃってきてます
目が?いえいえ老眼じゃなくて記憶です(*´艸`*)ニャハハ

Re: No title

あんこさん コメントありがとうございます。

> 映画少年になりそうな体験ですね。

まぁ、実際なっちゃいましたけどねぇ。

> うちの近所にあった映画館は、高校の時になくなりました。
> それ以降は、片道1時間以上かかるし、交通費が映画代と同じぐらい必要なので劇場で見ることが減りました。

庶民の娯楽だったんですよね。
昔は娯楽というものも少なかったのですが。
今は娯楽だらけです。

> パイコハン、初めて聞きました。多分その子の周辺だけの言葉かと。

だとしたら凄い「言葉の発明」だと思います。

Re: こんばんはー(^∇^*)ノ゚・:*

やちゃmaruさん コメントありがとうございます。

> 懐かしの映画館!!!
> 映画見に行くのは一大イベントだった気がしますよ(笑)
> 初めて見たのは燃えよドラゴン(*≧m≦*)ププッ

初めて見たのがブルース・リーですか。
ん~羨ましい。僕も劇場でみたかったなぁ。

> あの頃は映画見に来る人とっても多かったですねー
> パンフレット収集してる友達も結構いたり。

そうそう、僕も沢山持ってました。

> 一日中見れてましたね!
> とっても懐かしい~~~
> 歌もそうだけど映画も
> その頃の思い出画像として
> 青春の一ページ刻んでます!!

最近の一ページは青春お一ページよりだいぶ字が大きくなり、
中身が少なくなってます。
老眼が混じってくると、人生の一ページに刻まれる字も大きくなり、
したがって経験も少なくなるのでしょうかね。

> しっかり覚えている主夫太郎さんは
> 尊敬しちゃいますよ~
> 私は、ぼやけちゃってきてます
> 目が?いえいえ老眼じゃなくて記憶です(*´艸`*)ニャハハ

記憶は記録すると途端に消えちゃいます。
不思議ですよ。こうやって文章に吐き出すと記憶から消える。
幸せなのかどうなのかわかりませんが、今後も文章にしようかと思います。

No title

ニューシネマパラダイスのアルフレードとトトみたい。
小学生を一人で映画館に行かせるって、お母様も度胸がありますね。
それだけ安全な時代だったってことなのでしょうね。
私も古いハリウッド映画が大好きで、大学受験の年にも予備校に行くと言いつつ、ずっと予備校の近くの映画館に入り浸ってました。
お蔭で日本史が弥生時代までしか進みませんでした(笑)
カサブランカも大好きで何度も観たけれど、時々どうしても見たくなるのが『君去りし後』と『忘れじの面影』。
どちらも大量の涙が流れるので、心を浄化したい時に観ると最高です。

Re: No title

タヌ子さん コメントありがとうございます。

> ニューシネマパラダイスのアルフレードとトトみたい。

僕のエピソードの方が古いのかなぁ?
実話であることは間違いないです。

> 小学生を一人で映画館に行かせるって、お母様も度胸がありますね。
> それだけ安全な時代だったってことなのでしょうね。

あれま。そんなものですか。
僕は全然怖くありませんでしたし今もそう思わないのだけど
やっぱり怖いところでしょうか。


> 私も古いハリウッド映画が大好きで、大学受験の年にも予備校に行くと言いつつ、ずっと予備校の近くの映画館に入り浸ってました。
> お蔭で日本史が弥生時代までしか進みませんでした(笑)

知識があるところ全問正解しても15点くらいしかとれませんね(笑)

> カサブランカも大好きで何度も観たけれど、時々どうしても見たくなるのが『君去りし後』と『忘れじの面影』。
> どちらも大量の涙が流れるので、心を浄化したい時に観ると最高です。

こういう情報はとても貴重です。
小説も映画もどんどん作られては消費されてしまうので、
結局良いものというのは埋もれてゆきます。
こんどこの映画探してみます。

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