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漁と猟の両方を楽しんでカミさんに栄養を供給するつもりでいます。以前お料理ブログをやってましたが不評だったので猟関係を交えながら僕の日常をレポートします。

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安楽椅子でSTAPを~2章・ハーバード留学前の小保方氏~

2017.09.01 09:26|安楽椅子でSTAPを
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まぁ、いい感じで読者が減ったところで

STAPの続き


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小保方氏は研究者として成熟した人ではなかったのではないかというのが前回の記事の結論、仮説だったが今回はその証左となる「背景」をもう少し探ってみようと思う。あの日を読むと色々な違和感が生まれるが、今回は二つのことに関して謎を提言し、少々の仮定を設けた上で推理をしてみようと思う。最後に小保方氏が置かれた幸運かつ不運であった状況を僕なりに考察してみたいと思う。


[1] 処女論文の謎

「あの日」によると、小保方氏は早稲田大学理工学部応用科学科に入学し、4年生の時の指導教員は後々共著者としても名を連ねる常田氏。ここで卒業論文を書くが、修士では研究テーマを変えたい、具体的には「再生医療の研究をしたい」と常田氏に伝えると、それならばと東京女子医大の大和氏を紹介され修士課程をスタートする。早稲田大学の大学院に籍を置いたままであるが、これは東京女子医大と早稲田大学が共同で大学院をつくるという話が進行していたからという事情があるようだ。ここで新な研究テーマをもらい、大和氏が「不可能だ」と言っていた実験系を、8か月休むことなく夢中で実験して完成したとのことである。このときの研究を論文にまとめ処女論文、

Subcutaneous transplantation of autologous oral mucosal epitherial cell sheets fabricated temperature-responsive culture dishes, Obokata H, Yamato M, Yong J, Nishida K, Tsuneda S, Okano T., J Biomed Mater Res A, 2008 sep 15, 86(4) 1088-96

を完成させ投稿し、そして出版する。流石に内容を精査する能力は僕にはないしそもそも一般人の僕にはネット上で無料では全文読めない。だが、やっぱり気になってこちら→小保方さんの最初の論文にアクセスしてみるとPublication History(出版までの履歴)というのがありちょっと覗いてみた。すると、Manuscript Received 2 May 2007とあり2007年5月2日に投稿論文を出版社(具体的には編集者)が受け取ったことが分かる。そして、Manuscript Accepted 10 May 2007 とあり、この論文が2007年5月10日にアクセプト(掲載決定)されたとのことだ。以下はこの記述が正しいとして論じる。

僕もへっぽこだが理系の大学を何とか卒業しているのでかなりの違和感、というよりはっきりした謎を感じる。投稿してからアクセプトまでたったの8日だ。もしかしたら、この雑誌がこういうスタイルなのかと思って同じ雑誌の他の記事のPublication historyをいくつか見てみたが、アクセプトまでの期間がここまで短いものは見つからなかった(もちろん全てみたわけではないが)。そもそも論文というのは一般に以下のプロセスで掲載が決定される。

1.投稿され、編集者(Editor)に届く(現代ではほとんどonlineで投稿)。

2.編集者が論文を一読し、査読者(レフェリー)を選び論文を転送する。

3.レフェリーが論文を精読し、問題点などがあれば指摘してレフェリーレポートを作成し編集者に返送する。

4.編集者がレフェリーレポートを読み、掲載の可否を決め投稿者に返事を書く(レフェリーレポートが添付されることが一般)。

5.編集者からの返事を投稿者は見て、修正する必要などを指摘されれば論文を修正し再投稿する。これをReviseするといい、修正したことをRevisedという。修正した場合は正誤表などを添付するのがマナーである。

6.再投稿された論文に対して必要ならばもう3、4、5を繰り返しレフェリーと編集者が満足すれば掲載決定(アクセプト)になる。


これだけ見ると、すべてのプロセスを一日でこなせば6日そこそこでアクセプトがでそうだが、編集者も査読者もボランティアみたいなもので学者としての仕事があり、まぁ、各プロセスが一日で済むことはまずない。さらに、この論文に関してはreviseしたという記録もない。つまり投稿され、査読者からは100点満点の点数を付けられ、すぐ掲載決定となったわけだ。これもこの雑誌に限らず大抵無い話だ。「投稿論文が完璧ならいいじゃないか!」と思うかもしれないが、査読者の気持ちになればわかると思う。査読を頼まれれば、何かしら一つくらいは指摘をしないと仕事をした気にならないというのが人情というもので、どうでもいい事でも一言くらいは指摘するよう努力するものだ。税務署が入れば非常につまらないものでも「お土産」を持ってかえるのと同じだと思う。実際、僕が見た他の論文は必ずこのreviseをしており、投稿からアクセプトまで半年近くかかっているものも多く、reviseしてから一か月かかってようやく掲載決定が決まるものもいくつかあった。とするとこの投稿から掲載決定まで8日間というのは何かしらの意図および政治的活動があったと考えても不自然ではないのではないかと思う。これが悪いことかというと、倫理的にはともかく、悪ではない。もちろん論文の内容を疑う理由にもならない。ただ、「なぜこれほどまでに慌ててアクセプトを出す必要があるのだろうか?」というのは自然に出てくる疑問だ。小保方氏はこのとき修士1年生が終わったばかりでまだまだ研究者として歩き始めたばかりだから本来なら慌てる必要は一切ない。となると、この5月10日、もしくは5月10日近辺に何とかアクセプトが欲しい秘密があるのではないかという推理をせざるを得ない。

5月10日近辺にアクセプトを間に合わせて何か良いことがあるとすると、これ以降に彼女に良いことが起こっている可能性があり、そこを考察するのが自然だろうと思った。これ以降直近の良いことというと、あの日の17ページに

「私は幸運にも学術振興会のDC1に選ばれていて」

とあった。本来だったらこの文章だけからでは僕には何のことか全くわからないのだが、「幸運にも」小保方氏がこの学術振興会なるものを解説してくれていた。

日本には学術振興会特別研究員制度というシステムがあり通称「学振」と呼ばれている。
博士課程で行いたい研究計画書を全国から公募し、選ばれると若干の研究費と、毎月日々の生活費として使用できる研究奨励金が支給されるため、(中略) 研究者を目指す学生たちにとって「学振」に選ばれることは、一種の登竜門のような響きをもっている。


とのことだ。要するに研究費付き奨学金ということだろう。さらに詳しくDC1についても解説してくれている。

応募資格は修士2年時で、選ばれるとDC1と呼ばれ、博士課程1年時から学術振興会の恩恵にあずかることができる。博士課程1年時、2年時でも応募は可能で、その時に選ばれるとDC2と呼ばれる。

らしい。ということは小保方氏は修士2年時でこの学振に応募していることになる。そこで僕が気になったのはこの学振の応募の締め切りだった。

まずは学術振興会のHPに行くと平成30年度分募集要項(←ポチリで飛びます)というのがあり、これが全部で8ページほどあるのだが、3ページ目に「本会の申請受付期間」という項目がある。申請者と申請機関とに項目が分けられているが、申請者とはつまり小保方氏のような学生で、申請機関というのが早稲田大学のような申請者の所属先機関である。申請者の守るべき締め切りは申請機関が決定する。たとえば小保方氏が守るべき締め切りは早稲田大学が決める、という具合だ。申請機関の締め切りは平成30年度分は、平成29年6月1日17時00分とのこと。案外早い。申請機関はこの締め切り前までに応募する学生のリストなどを作る必要があるようで、「申請機関の決める申請者への締め切り」は上記6月1日よりさらに早いようだ。

大学が所属学生に指示する学振応募の締め切りを具体的に探してみると、東京工業大学のものが見つかって(ポチリで飛びます→東京工業大学の締め切り平成29年5月8日(月)だそうだ。つまり、大学などの申請機関が守るべき締め切りの一か月前くらいに学生の申請は締め切りを迎える。もちろん各大学によってこの期間は様々であろうが、決して間違いがあってはいけない書類だから、チェックには十分な時間をとり、どこの大学もこんな感じなのだろうと思う(流石に東京女子医大の当時の締め切りまで調べる気にはならなかったのは勘弁してほしい)。となると、小保方氏の処女論文が8日でアクセプトになった理由は、

学振の応募(大学内締め切り)に間に合わせるため

ではなかったろうか。小保方氏の学振の説明のところで「博士課程で行いたい研究計画書を全国から公募し」とあるのが実は引っ掛かっていた(嘘ではないが)。計画書だけで、来年からお金がもらえるかどうか決まるというのも不思議な話だし、審査はものすごく難航するだろう。そう思って学振の申請書類をダウンロードしてみると、やっぱり「研究業績」という欄があった。ご丁寧に、

(1) 学術雑誌等に発表した論文
(2) 学術雑誌又は商業誌における解説、総説
(3) 国際会議における発表
(4) 国内学会・シンポジウム等における発表
(5) 特許等
(6) その他(受賞歴)

と6つの項目に分けられており、(1)のただし書きには、「査読の有無を区分して記載してください。査読のある場合、印刷済及び採録決定済のものに限ります。」とある。つまり良い論文を書いていても「投稿中」は評価されないどころか表記すらできない。投稿中と掲載決定は天と地の差があるのだ。5月10日に出たアクセプトにより(1)が充たされたが、実は小保方氏は申請する年の4月、つまり締め切りの一か月前に(3)、国際会議に出て口頭発表している。(3)のただし書きには「口頭・ポスターの別、査読の有無を区分して記載してください」、「発表者に○印を付してください」とあり、ポスター発表より評価の高い口頭発表を自ら行っている小保方氏は(3)はほぼ満点と言ってもいいだろう。(4)の国内における発表はあの日には記述がなかったが、おそらく国際会議での発表がそれを上回る実績になっているはずである。残りの(2)、(5)、(6)はとても修士2年生の5月までに実績が上がるものとは思えないから、小保方氏の研究業績は応募者の中でも100点満点に近いものになったに違いない。ここまでくると、「幸運にもDC1に選ばれていて」といいう小保方氏の言葉は少々しらけてくる。当然そうなるように周りが世話を焼いたのに違いないと、そう思えてくるがどうだろうか?

[2] 国際シンポジウムの口頭発表の謎

もちろん、こうなると国際会議で4月に本人が口頭発表できたということに関して「幸運」で済ますわけにもいかない。彼女が発表した国際会議は、Society of Biomaterials(←ポチリで学会のHPへ)の年次総会というもので2007年にはシカゴで開かれている。

2007年当時の記録は色々調べれば出てくるのだろうが、少なくても上記HPでは僕の能力では多くのことを探せなかった。この国際会議である年次総会はどうやら毎年場所を変えて行われているようで、2017年はアメリカのMinneapolisで4月の5日から8日まで開かれている。小保方氏も4月にこの会議で発表したと言っているからもしかしたら4月開催は恒例なのかもしれない。この国際会議のプログラムを見ると、発表者のほとんどがPhD、つまり博士号取得者である。この国際会議がこのような規模と権威で当時も行われていたら、修士2年なりたての研究者が口頭発表するというのは素晴らしいことだ。

ただ、ちょっと気になるのが、この関連ページで、Call for abstractsというのがある。これは2017年に開催される国際会議の発表者のabstract(研究概要)の投稿を促しているページで、その締め切りが2016年の11月7日となっているのだ。

小保方氏はあの日で実験系が完成されるまでに8か月以上かかったという。小保方氏が大和氏に会ったのは早稲田の卒業論文発表会の日だそうで、翌日から東京女子医大に通うことになったらしい。早稲田の卒業論文の発表会はネットで調べてみるともちろん年度によりばらつきがあるが1月の23日とか24日とかだ。テクニカルスタッフに細胞培養などを教えてもらったなどの記述があり、大和氏から研究テーマをもらいそれを理解し、小保方氏独自の主張もあったのできっとディスカッションもしているだろうと思う。それに一月ほど時間を費やしたと仮定すると小保方氏の実験の開始は2月末で完成は早くとも10月の末となる。「あの日」によるとその間実験三昧だったようだ。この国際会議が同じ手順によって運営されていると仮定すると研究概要の締め切りに果たして間に合うだろうか?そもそも、ちゃんとした結果がこの時点で出ていたのだろうか?あの日の記述によると、小保方氏がこの研究の論文を書きだしたのは国際会議の発表の後、「桜の咲くころ」だそうで、余裕をもってこの国際会議の口頭発表に臨める状態ではなかったと思う。

もちろん部分的な結果が出ていたとしても、当然本人がこのような大きな国際会議に自ら応募することはない、というより修士1年生がこの国際会議の存在を知っているかどうかだって怪しいだろうと思われるので、これは指導教員等の後押しがあったと考えるべきだろう。しかも彼女は英語で論文を書いたこともないし、口頭発表が決まってから英会話教室に通うくらいだから決して英語が得意というわけではなかったようだ。もし概要の締め切りが守れたとしても、とても筆頭著者の小保方氏本人が書いたとは思えない。何かしらの彼女以外の「大きな力」がこの業績には働いたと考えても不自然ではないと思う。この国際会議のオーガナイザーは調べる術がないので何とも言えないが、そういうツテが関係者にあったのかもしれない(Invited speakerになっていたとしたらそれはまたすごいツテだ)。もちろん共著論文だから口頭発表のお膳立てを小保方氏以外の人がやっても問題はないのだが、やはりこの国際会議の発表も学振の締め切りを意識し周囲がかなりのお膳立てをした結果ではないだろうか?


[3] 考察:不運と幸運の背中合わせ

今回の仮説を短く言うと「学振の申請に間に合わせるように周囲が頑張りすぎたのではないか?」ということだ。論文のアクセプトが8日で来るように政治的に動いたとしても、大きい学会に口頭発表者としてねじ込んだとしても、他の学生からしたら不公平に感じることだろうが決して悪いことではない。僕は仮説に対して、もし本当なら酷い!と言いたいわけではなく、この仮説が正しければ、それは小保方氏の成長に関して悪い方向に転がったのではないかということだ。おそらくだが、こんな政治的活動は学問の世界で多かれ少なかれやられているに違いない。身の丈以上の身分や実績、肩書がつくのは決して悪いことではなく、それらが成長を手助けすることさえある。だが、revise無しの掲載決定はレフェリーレポートを読むチャンスを彼女から奪っているし、Editorとの手紙のやり取りだってもちろん勉強の一つになるがそのチャンスも奪われた。「論文なんてしばらくは周りの人が面倒みてくれるだろう」などという誤解をしたとしたら、それこそ良い影響であるはずがない。全ての結果がちゃんと出そろい論文を書き上げる前に学会等の発表に応募することはベテランの研究者なら本人の責任でやることはもちろん多々あることだが、それを修士1年から2年の最初にやらせたとしたら、研究業績の一行としてはかなりの貢献になったとしても小保方氏のためになることであったろうか?

小保方氏は学振のDC1に採用されたことを「幸運」と書いているが、くじが当たったような幸運と捉えていたとしたらそれはかなり不幸なことだったと思う。学振の応募書類を多くの人のおかげで充実させDC1に選ばれたわけだが、彼女にとっては幸運と背中合わせになった不運を一緒に担ぎ始めたようなものだったと思う。

「あの日」を読むと小保方氏は研究にものすごい情熱的で実験が大好きだったようだが、それは学者の仕事の一部でしかない。学者は研究する人ではなく、研究成果を出すべき人のことだ。研究成果とは新発見という行為ではなく、新発見の発表であり、つまり論文のことだから研究者というのは大雑把にいうと文筆業なわけだ。小説家は絵空事でも売れる物を書くことが使命になる一方、学者が書くものは売れる必要はないが新事実である必要があり、実験などの研究行為はその裏付けになるに過ぎない。僕も理系の人間だったからわかるのだが、こんな簡単な事実は案外早いうちから認識できないものだ。一生懸命実験をしていたら考えられる全てのものを手に入れた彼女は「このままでいい」と思い、不幸にもそれを修正する機会が極端に少なかったのだと思う。もしそうならば、僕が彼女に感じていた違和感である「幼稚さ、未熟さ」の相応の理由になるし、疑惑が最大になった時点で「STAP細胞はありますか?」という記者の質問に「STAP細胞はあります!」というノー天気な答えも納得できる。あのとき「論文が取り下げられた今、STAP細胞があるということは私の口からは申し上げられませんが、再現実験に真摯に取り組み私が見たものが一体何だったかを、またご報告できればと思っています。」と言えるところまで彼女が成長していれば色々と状況が変わったのかもしれないと思えるのは僕だけだろうか。


今後の「安楽椅子でSTAPを」は一旦小保方氏から離れて周囲に目を向けてみようと思う。




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コメント

No title

「幸運にも選ばれた」ことが不運との背中合わせというのはありそうですね。

本当は、少し足踏みをした方がよかったのでしょうね。

Re: No title

あんこさん コメントありがとうございます。

> 「幸運にも選ばれた」ことが不運との背中合わせというのはありそうですね。
> 本当は、少し足踏みをした方がよかったのでしょうね。

ん~難しいですよね。幸運に選ばれたら、その幸運を確固たるものにする努力が必要だったのでしょう。
今回不幸な方に転がったのは残念でしかたありません。
非公開コメント