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主夫太郎2

Author:主夫太郎2
現在専業主夫です!
漁と猟の両方を楽しんでカミさんに栄養を供給するつもりでいます。以前お料理ブログをやってましたが不評だったので猟関係を交えながら僕の日常をレポートします。

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アニマルライツ系ヴィーガンに歩み寄るハンター・主夫太郎

2018.02.13 15:35|雑文
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は~い!!

元女子高生と哲学ファンのみなさ~ん!!

今日は主夫太郎が無い知恵を絞って

考えてみました


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以前「ちはるの森」というブログがラディカルな動物愛護主義者により炎上させられたという事件があった。まぁ、ブログ主が襲撃をうけたりするということはなかったと思うので「事件」というのも何だが、僕の様なハンターブロガーにとっては考えさせられる事柄だった。と、数日前、ある猟友会のFacebookに獲物を並べて笑顔でハンターが映っている写真が掲載されて、「ちはるの森」同様に炎上し、過激なコメントが書かれる事件が再び起きた。やはり「ちはるの森」の時と同様に随分と下品な言葉が飛び交っている。もちろん僕はこういう物に参加しようとは思わないのだが、それでも一人のハンターとして再びこういう問題を考えるきっかけになった。書き込みをよく見て、罵詈雑言をそぎ落としてゆくと、結局動物愛護側に残るのは2種類の主張だったと思う。「弱い動物を、たかが趣味で面白半分で、銃で殺すなんて酷い」ということと「自然破壊も肉食も、もともと酷いことだ」というものだ。最初の主張に反論が無いわけではないが、それこそ炎上が待っているかもしれないので(まぁ、一日100アクセスあるかどうかのブログだから炎上しないと思うけど)、今回は「肉食がひどいこと」と主張する、いわゆるヴィーガンの方々のことを考えてみようと思う。もちろん僕は何でもかんでもヴィーガンを否定するわけではないし自由にして欲しいと思う。体質のせいで植物由来のものしか食べられない人もいるだろう。ただ、ラディカルなアニマルライツ(動物権利)系のヴィーガンというのは、この主義主張をみんなに押し付けようとする。猟友会のFacebookに書き込む人達もこの系統であったと思う。なんだと!と腹を立てるのは簡単だが、それでは今までの僕と変わらず進歩がない。一歩彼らに歩みよるべく、彼らの主張「動物の生きる権利を認め、菜食主義者をさらに超えたヴィーガン(卵も乳製品もだめ)に皆がなって欲しいという希望」が果たしてどういうものなのか冷静に考えてみようと思う。

1.アニマルライツ系ヴィーガンの主張の実現

アニマルライツ系ヴィーガンの中には、人間が鹿や猪の住処を奪ったから畑に出てくるのだと主張し、自然破壊をやめるように言う人もいる。牛が可哀そう、豚が可哀そう、もちろん鶏もかわいそう、と肉屋の前で肉食をやめるよう主張するプラカードを持っている写真をFacebookに投稿している人もいる。もちろん魚だって可哀そうだと思っている。彼らの主張する権利自体をもちろん僕は否定しないし、僕に実害がない限り反撃しようとも思わないが、果たして本当に彼らは全ての人達がヴィーガンになることを本気で望んでいるのだろうか?またそもそも望めるものなのだろうか?という疑問が自然に湧いてきた。彼らの希望が通り、全世界の人間がある日突然アニマルライツ系ヴィーガンになったと仮定して話を進めてみようと思う。

全世界の人間がアニマルライツ系のヴィーガンになればもちろん法律もそういった類のものが出来上がるだろう。立法というものはいつも現実の後手に回るが、その都度政治が素早く動き法律が素早く成立するという仮定もしてみようと思う。

 1.1  お金の問題(主夫太郎がちょっと想像できる、ほんの一部のもの)

アニマルライツ系ヴィーガンしかいない世の中になると、世界から畜産がなくなる。もちろん酪農家もアニマルライツ系のヴィーガンになれば出荷もしないし出荷先もない。今飼っている豚や牛を逃がすか、場合によっては殺すという選択が普通かと今の感覚では思う。だが、アニマルライツ系のヴィーガンばかりになればもちろん今飼っている豚や牛や鶏を殺処分するわけにはいかない。逃がせば道路に牛や鶏や豚があふれ、自然界では存在しないであろう飼われている数の動物たちを養うだけの自然環境が整っているとも思えないので過度な生存競争が自然を知らない家畜の間に起こり、餓死する動物たちも少なからず出てくるだろう。それをアニマルライツ系ヴィーガンの彼らが許すはずはない。そうなると牛も馬もそのままペットとして飼い続けることになるが、牛の寿命は20年、馬の寿命も30年弱あり、牛飲馬食というほどのペットを何の収入もないまま飼い続けるのはほぼ個人では不可能だ。ということで、ここには税金が投入され、税金で牛を飼うという法案が成立することになる。平成28年現在、日本で牛の飼育頭数は乳用牛が134万5千頭、肉用牛が247万9千頭で合わせて382万4千頭でこれを税金で養うことになる。畜産zoo鑑(←ポチリで飛びます)というページによると、肉牛の場合出荷までの28か月で、労働費8万3200円、飼料費19万3200円、建物と機械類の償却費1万1200円、その他4万5100円となっているから計33万2700円がかかるらしい。これを年に直すと14万2585円となる(子牛の代金をのぞく)。未来が無い産業にどれほどの人があつまり、また20年間人が集まらない中でどれほど経費が上がるかは分からないけども、少なくてもこの大雑把な計算から一年に国が飼育料として最低でも出すべき税金は382.4万×14.2万で5430億円ほどになる。これに加え素畜費(肥育を始める前の費用・仔牛の代金などと思われるが)というのが42万8000円ほどかかっているからこれを保障するとなると初年度はさらに1兆6千300億円ほどが必要になり(全部肉牛という計算が乱暴なのはもちろん承知の上だが流石にこれ以上はもう面倒だ。)、この法律が通った初年度は2兆円ほどの費用がかかることになる。ちなみに平成24年度の義務教育費国庫負担金は1兆5597億円(c.f.教育資料←ポチリで飛びます)なので、初年度は小学生を人として育てるよりペットの牛を育てることの方にお金がかかりそうだ。しかも忘れてはいけないのは、これは「牛だけ」にかかる費用だ。馬、羊、鶏、豚にかかる費用は一切計算していないが、豚と鶏に同じ費用が初年度かかると仮定すると合わせて6兆円の出費。これは2018年度防衛予算を超え、この法案成立の初年度は国を守る以上の費用で牛と豚と鶏を守るという計算にもなる。さらに酪農家等は牛の寿命が尽きるまで国が補助するとしても畜産等に付随する雇用の問題はとても大きい。肉屋、魚屋、すし屋を含めた外食産業、畜産関係の研究所、家畜専門の獣医師といったものだけでなく(加計学園の認可も危なそうだ)、グッチやシャネルやルイヴィトンは牛の皮などを使ってバッグを作っているのでアパレル関係にも大規模なリストラが一気に起き、それは小売にまで大きく影響する。これらに対する雇用対策費は正直想像がつかない。

 1.2 ペットの問題

さて、畜産や漁業がなくなると人間は良いかもしれないが、犬や猫のペットフードがあっという間に原材料不足になると思う。犬はどうやら雑食の様だが猫は完全肉食らしく、猫は飼えなくなると思った方がいい。ヴィーガンが飼い猫に肉(もしくは魚)を与えることを良しとしているかどうかは分からないが少なくても明日から突然みんながアニマルライツ系ヴィーガンになれば肉も魚も出荷が止まりもちろんキャットフードは生産されなくなり在庫が無くなり次第飼い猫の餌は無くなる。調べてみるとベジタリアンのキャットフードなるものもあるが、評判が色々なようだし、明日から肉類の出荷が停止されても開発も流通・販売も間に合わないのではないかと思う。飼い猫というのは推計で952万匹ほどいるそうだが、人間に餌をもらえず野に放たれることになるだろうがアニマルライツ系の方にとったら本来あるべき姿に戻った猫を見るのは喜ばしいだろうか。これに加えて少なからず犬も相当数野に放たれるだろう。爬虫類をペットとしている人もそこそこいるがこれもおそらく野に放たれることとなるだろし、魚粉などが混ざった魚の餌が出回らないから魚も川や池や湖に流される。外来種もいるだろうし、さて、一体生態系はどうなるだろうか。犬は元来集団で行動するもので、犬が狩りをし出せば鹿や猪が減るかもしれないがそうなると狂犬病などの抑制が実質人間の手に負えなくなる。子供を襲わないという保証もなくなり新な害獣になりかねない。犬は常に人間と親しく接してくれるのは人間に育てられるからで、野犬が人にとって安全とも思えない。すくなくてもこの問題を指摘しているアニマルライツ系の人は炎上した猟友会の中にはいなかったと思う。

 1.3 農業と貿易(外交)の問題

世界中の人がヴィーガンになり、畜産が消滅するといつの日か牛糞、鶏糞が供給されなくなる。こちらのページ(→肥料流通量)によると、2012年に日本の生産者の使用する肥料は年間1400万トン、うち堆肥は840万トンだそうで、これはJAや肥料会社を通じて取引されてないらしいから重量比ではあるが結構な割合で農家は畜産を介して肥料をこのサイクルの中で生産しているのだと思う。世界中の畜産が消滅するともちろん堆肥を輸入することはできない。肥料には消石灰や菜種油カスなども肥料として使われるが、消石灰は山を削って採掘してるわけだから、もしヴィーガンの主張に加えて自然破壊反対、動物の住処を奪うこと反対、というのが加わると堆肥に加えて石灰系の肥料も供給されない。リンなども同様のお話だ。肥料が全く供給されなくなると仮定してみよう。お米の話になるが、こちらのページ(→自然栽培米の平均収量等)によると今のように農薬も肥料も使う場合は一反当たり9俵、有機栽培だとすると7俵、自然栽培(農薬・肥料無し)とすると5.5俵とのことだ。有機栽培が堆肥がないのでできず、まぁ、農薬くらいはなんとか使うとすると有機栽培と自然栽培の間をとって6俵くらいの生産量になると仮定する。すると現在の生産量の3分の2ほどしか生産が出来なくなる。日本の食料自給率はカロリーベースで39%。これが単純に3分の2になるとは思わないが、それでも減少することは間違いないことだと思う。アメリカには多くの穀物の輸入を頼っている。アメリカの穀物生産量が現在の4億7千万トンの3分の2になっても3億1千万トンほどあり、日本の900万トンとは桁が違うし、アメリカもそれほど困らないかもしれない。だが、桁の違うものが同じ割合だけ減るのだから実力差はもっと開く。アメリカの食料自給率はカロリーベースで130%ほどだが、これが仮に101%となると余剰分の1%は100%を切っている国にはかなりの高値で売ることができることに加え食糧問題では困らず、逆に日本の様な農業弱小国は高値で買っても需要に届かなくなる。実は日本の穀物生産量が今更ちょっと減るということよりアメリカの穀物生産量が減るというほうが日本にはかなり痛いことになる。「痛い」というのは外交努力に多くの国力を費やさなければいけなくなる。もっとも牛糞が完全に供給されなくなるまで約20年とするとそれまでに様々な解決策が見られるかもしれない。ただ日本の様な農業弱小国はさらなる不利を強いられる可能性があるわけで、この危険を簡単には受け入れられないと考えるのが普通だと思うのだが、この件を論じている日本人のヴィーガンも僕は見たことがなかった。

まだまだいくらでも問題を提示できるのだが、彼らの主張に世界中の人がうなずいて明日から皆がアニマルライツ系ヴィーガンになると、後始末に莫大な予算がかかり、ペットは放出せざるを得ず、日本に限っていえば外交の気苦労はかなり増すと思われる。これは本当に彼らが望んでいる明日なのだろうか?


2.アニマルライツ系ヴィーガンへの要望

大変な問題があるが、これをもってアニマルライツ系ヴィーガンの主張がおかしいという結論は早計だ。これをも含めてアニマルライツ系ヴィーガンは考え、主張しており、多くの秘策をもっているかもしれないからだ。また、上の考察はもともと無理がある。仮定に「明日から世界中の人がアニマルライツ系ヴィーガンになる」ということは現実ではありえないからだ。ただ、この仮定が現実的でないからアニマルライツ系のヴィーガンの主張が問題ないというわけでもない。

彼らは「少しづつ我々の主張が理解されヴィーガンの人が増えればいい」というが、この真意は「なかなか仲間が増えないけど、今後頑張って少しづつ仲間を増やすようにしたい」という意味で使っているのだと思う。ところがだ、実際は急に皆アニマルライツ系ヴィーガンになってしまったら少なくとも日本は大混乱になる。アニマルライツ系ヴィーガン自身もかなりの不便・不利益を被るはずで、彼らが本当に望まなければならないことは、「我々の理想が実現されるためには、我々の理解者が一気に増えると困るので少しづつ増えて欲しい。逆に言うとある程度の期間にアニマルライツ系ヴィーガン以外の人はその状況に応じて存在してくれないと困る」というところだと思う。

前半で論じたようにアニマルライツ系ヴィーガンが理想とする世界をつくるには、そもそも国家的プロジェクトが必要で、牛などの家畜を少しづつ減らして産業に打撃を与えないようにし、(特に日本の場合)穀物生産を増やして国力を高め、ペットを買うことを(少なくても今の技術では)諦め、生態系を今とは違うものになることをいくらかは覚悟しなければなるまい。「今後これらの問題を解決する色々な技術が開発されるだろう」という者もいるかもしれないが、着手されてもいない技術の革新・発明を担保に長期的なプロジェクトを策定するというのは愚の骨頂としか言いようがない。猟友会のFacebookに「趣味で面白半分に鹿を殺すなんて許せない」という投稿があったが、仮に面白半分で鹿を殺していても困るのは鹿とその捕食者(本州にはいないと思うが)くらいだろう。一方ヴィーガンが面白半分に理想の世界を語り、それに賛同した権力者なりが一気に実現に走れば、産業・文化・経済と多くの人々が影響をうけ場合によっては失職し、よっぽどアニマルライツ系のヴィーガンの方が「許せない事態」を招くことになると僕は思う。

もちろん僕はこれをもってヴィーガンけしからん!というつもりはない。そうではなく、むしろヴィーガンの方々の存在・主張を尊重し、是非ともこれだけ影響が大きいことを提言しているのだからしっかりとしたスケジュールを提示し、是非真剣に主張をしてもらいたいと思う。「何年後にアニマルライツ系ヴィーガンの世界を実現するから、それまでに非ヴィーガンの人がヴィーガンになれるのは年に何人までで、それ以外の人は理想実現が穏やかに進むためにヴィーガンになるのを待ってもらいたい。」という具体的計画まで出せば、それなら僕は何年までヴィーガンにならないでいられそうだという目途もたち、彼らがいう「鹿も熊もおなじ地球に住む仲間じゃないですか!」という主張を時間をかけて理解する、もしくは理解する準備ができる、つまり、彼らの主張に丁寧に真摯かつ紳士的に耳を貸せる状態になるというものだ。

アニマルライツ系ヴィーガンの方々は「鹿も熊も同じ地球の仲間じゃないですか!」というわりに同族の人間に対して、実に下品に主張を繰り返すという印象がある。「鹿を撃つのなら、自分の家族も撃てばいいのに」と、鹿は撃たないで欲しいが実際はハンターでもないハンターの家族まで根絶したいと希望する人もいる。こうなると流石に聞く耳を持ちたくても聞く耳を持てない。僕は彼らの対極にいるハンターではあるが、「同じ地球上の人間という仲間」として、アニマルライツ系ヴィーガンの方々がこういう人達ばかりではないと信じており、信じているからこそ、今回のブログの記事のような内容、「全世界アニマルライツ系ヴィーガン化計画の問題点の克服とそのタイムスケジュール」の提示を是非お願いとして聞いて欲しいと思っている。もしそれが出来ないのであれば、彼らもファンションとして面白半分で非現実的な主張をストレス発散も交えてしているのだと受け入れるしか術がなく、逆に「面白半分に趣味で狩猟をやり、動物を殺す」ということを彼らにも受け入れてもらわざるを得なくなるだろう。


3.主夫太郎の望み


炎上しませんように。僕は世界で一番アニマルライツ系ヴィーガンの方々に理解のあるハンターだと思いますから。







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コメント

vegan の話ではないですが...

人間は万物の霊長だけあって特別で,ほかの動物とは違うはず,という風に猟をやる前は思ってましたが,今は人間も動物と変わらず,お互い同じ自然という大海原でもがいているだけなんだなと思うようになりました.知恵と道具の分,勝負は人間に分があることが多いけど立場は平等で,
たまに負けて死ぬ場合もあり,それはかわいそうとは違うと考えてます.

Re: vegan の話ではないですが...

ともぞうさん コメントありがとうございます。

> 人間は万物の霊長だけあって特別で,ほかの動物とは違うはず,という風に猟をやる前は思ってましたが,今は人間も動物と変わらず,お互い同じ自然という大海原でもがいているだけなんだなと思うようになりました.

僕も猟をしてそれを思いました。「同じだから殺さないようにしよう」というのではなく、
同じように大変に生きており、大した差はないんだなと思います。

> 知恵と道具の分,勝負は人間に分があることが多いけど立場は平等で,
> たまに負けて死ぬ場合もあり,それはかわいそうとは違うと考えてます.

知恵や道具を含めて総合的に見れば人間が強いのでしょうね。
でもそんなに強くないんですよね。鉄砲で獲物を獲ったときだけ写真にするから強くみえますけどね。


No title

舌足らずでした.「たまに負けて死ぬ」のは人間の方の話です.

特に猪とかは危険なわけですが,まくられて死ぬ人もいるわけで,そういう事故は確かに同じ人間として残念とは思うけれども,その本人はかわいそうなわけではないと思っているのです.もちろん残された家族はかわいそうだと思いますが.

No title

千春の森炎上事件ありましたね。

平和を愛する人達と同じで、動物を愛する人は他人への攻撃性はすごいレベルですね。

自分勝手にするのはいいけど他人に押し付けるのは駄目でしょう。

自分で美味しい獲物を取って食べたいというのを止める権利はないと思います。

まあ、撃ち殺して放置というのなら駄目でしょうが。

でも、北陸の鹿被害はどう思うんでしょうか。放っておいたら山が鹿で丸裸にされるんですけど。

ビーガンに対する考察はその通りだと思います。まあ、屁理屈をつけると思いますが。

Re: No title

ともぞうさん コメントありがとうございます。

> 舌足らずでした.「たまに負けて死ぬ」のは人間の方の話です.

僕もそういう風にコメントを読んでましたよ。
鉄砲というのは絶対的な武器ではないですよね。かなりの修練、経験で初めて強力になります。
たまにまけて死ぬことももちろんありますね。

> 特に猪とかは危険なわけですが,まくられて死ぬ人もいるわけで,そういう事故は確かに同じ人間として残念とは思うけれども,その本人はかわいそうなわけではないと思っているのです.もちろん残された家族はかわいそうだと思いますが.

そうですね、残された家族はかわいそうです。
まぁ、死んだ人だって可哀そうといえば可哀そうなんですが、
動物として生きている中でなくなったという意味ではかわいそうというより、残念がしっくりくるかもしれません。

Re: No title

あんこさん コメントありがとうございます。

> 千春の森炎上事件ありましたね。
> 平和を愛する人達と同じで、動物を愛する人は他人への攻撃性はすごいレベルですね。

そうなんですよ。もっともこの攻撃性は案外実行を伴わないペラペラなもので、
真面目に聞いたり読む人が不快になるという程度の害なんですけどね。

> 自分勝手にするのはいいけど他人に押し付けるのは駄目でしょう。
> 自分で美味しい獲物を取って食べたいというのを止める権利はないと思います。

そう思うのですが、これがまた彼らは思わないという。
もう宗教ですよね。

> まあ、撃ち殺して放置というのなら駄目でしょうが。

これはよくないですね。
駆除などの場合食べないこともありますが、
その場合は供養の心をもって処理するべきです。

> でも、北陸の鹿被害はどう思うんでしょうか。放っておいたら山が鹿で丸裸にされるんですけど。

もちろん、そういうことまで考え具体的な策が出せるほど頭の良い人達ではないと思いますよ。


> ビーガンに対する考察はその通りだと思います。まあ、屁理屈をつけると思いますが。


そうですねぇ。どっちにしろ、推し進め100%の成果を得るのは無理だとは思います。
趣味の範囲でとどめて置いてくれると、すくなくても人間には害がないのですけどねぇ。

No title

アニマルライツ系のヴィーガンの知り合いがいましたが(連日のように動物虐待のビデオのリンクを送って来たので煩わしくなり現在は絶縁状態)、彼女は愛犬に肉入りのドッグフードを与えてました。
現在周囲に数名のアニマルライツ系の『ベジタリアン』がいますが、彼らは何故か全員愛犬をBARFで育てています。
自然界に放置すれば犬は小動物を殺して食べるのだから、それが彼らの意思ではなく、飼い主の意思であっても『生肉』を与えるのは当然という考え方なのだと思いますが、自分は肉は食べないけど、愛犬には『食べられるためだけに育てられている動物の肉』を与える…やはりどこか違和感を感じます。

Re: No title

タヌ子さん コメントありがとうございます。

> アニマルライツ系のヴィーガンの知り合いがいましたが(連日のように動物虐待のビデオのリンクを送って来たので煩わしくなり現在は絶縁状態)、彼女は愛犬に肉入りのドッグフードを与えてました。

アニマルライツ系ヴィーガンの困るところは押し付けですよね。
「自分のやっていることを正義だと感じる趣味」なんですから押し付けなくてもいいのにと思います。
鉄砲撃ちからみたら、無理やり他人に銃を持たせようとしてるようなものです。

> 現在周囲に数名のアニマルライツ系の『ベジタリアン』がいますが、彼らは何故か全員愛犬をBARFで育てています。
> 自然界に放置すれば犬は小動物を殺して食べるのだから、それが彼らの意思ではなく、飼い主の意思であっても『生肉』を与えるのは当然という考え方なのだと思いますが、

ちなみに犬は「肉」を食べるの最後、実は内臓が大好きです。もちろん鹿の肝臓とかには寄生虫などいますが、そんなものも放っておけばいくらでも食べちゃいますよ。BARFは人間が満足するだけの現代の犬の贅沢品であって、自然に近い状態のドッグフードだと思ったら大間違いです。

> 自分は肉は食べないけど、愛犬には『食べられるためだけに育てられている動物の肉』を与える…やはりどこか違和感を感じます。

結局ヴィーガンというのは非ヴィーガンによって支えられている現代の一種の贅沢です。食べ物は質素かもしれませんが、それと「贅沢ではない」というのはまったく無関係。ブランド品を着ずに夏に浴衣をきる贅沢と同じ。趣味の範囲で収まって、我々に干渉しなければありがたいのですが、我々に干渉することまでふくめて趣味なんだからどうも面倒ですよね。


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